『紫式部日記』自体の謎を追究する物語といえるかもしれません。
一貫性がなく、書簡がまぎれこんでいたり、中宮彰子のお産にまつわる女房たちの服装や行動などだらだらと些事がつづられていて、『源氏物語』の作者と思えないほど、おもしろくない。
そう思った著者が、その謎を解き明かそうとしたのが、この作品を書いた発端ということです。
読み終えると、その謎解きがみごとに、その時代を生きた多くの女房たちのせつない、秘められた思いを浮き彫りにしていることに驚きました。
表向きのミステリとしては、お産で宿下がりしている彰子中宮の土御門邸に、中納言家に押し入った盗賊一味のひとりが逃げこんだらしい、その者はどこに? という謎を式部が追ってゆきます。お産のときには、女房たちの装束も調度もすべて雪白でなければならない。作者は、当時のそのしきたりを目に浮かぶようにあざやかにつづってゆきます。ふたたびこの王朝のみやびで頽廃した世界にひきこまれてしまいます。作者が自家薬籠中のものとした世界です。
成長した阿手木、その夫となった義清、糸丸や小仲という童たちもいきいきと動き回り、華麗な世界のすぐ水面下で行われている呪詛や火付け、民の暮らし、そんなものも立ち上がってきます。前作にひきつづいて、童がよく活躍するのは、もっとも行動が自由で、いろいろなお屋敷に出入りでき、また見とがめられず、罪にも問われない、そういう存在だったからなのだと、このシリーズを読んで初めて知りました。
謎は最後の五十ページほどでばたばたと解けてゆきます。それまでたしかにひっぱられる辛さはないわけではないのですが、絵巻のような平安貴族の生活が語られるのに耳を傾けている充実感が深いので、気にはなりませんでした。またあたかも『源氏物語』そのものを読むかのように、中宮やまわりの女房の性格を描きだす作者の腕の冴えに、ぐいぐいひきこまれました。
謎解きは今度も、単発的な犯罪ではなく、この時代のひとの抱える辛さや願いを、時間というパースペクティブのなかに広げてみせてくれるものでした。犯人はだれか、の意外な真相もですが、それにまつわって起きたべつの事件の裏にあった、高貴の方のいたましい運命、彼女に寄せる女房や童たちの思い、そしてそれらたくさんのひとびとの思いを編集して、祈りのように日記にまとめようとする式部。式部にも、じつは中宮にしか明かせなかった、哀しい事件があり・・・
「あなたの名前は千年のこる」
作者が今回出した答えはひとつの仮説ですが、その説得力は大きく、式部の言葉とともに現代に伝えられた思いの重さをしみじみと感じます。
ミステリをまとった王朝文学パスティーシュとして何度も読み返したい作品です。