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3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
ビタミンB1の発見の契機になる脚気の歴史,
By 千保川隼人 (富山県高岡市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 白い航跡(下) (講談社文庫) (文庫)
現在では脚気はビタミンB1欠乏症によって発生することがわかっているが、その病因が不明の時代は長く多くの日本人が命を落とした。精米技術の発達・普及により、江戸時代ころから白米の多食と偏食により、丁稚奉公にでて漬物、味噌汁と白米だけの食事で脚気に罹る病人が増加した。仏教の影響も大いにあり生ものを避け、動物性蛋白の摂取不良も原因となっている。そのため当時の徳川幕府の将軍さえも脚気心で死亡している。明治になってから、イギリス医学をポンペから習った高木兼光は海軍の統計調査で兵士の約3分の1が脚気に罹り、強兵政策の最大の障害であるとして、研究に乗り出す。白米の多食、蛋白の摂取不良が脚気を招くことを臨床実験から明らかにする。しかし、陸軍ではドイツ医学を信奉する東大出の陸軍森林太郎(森鴎外)は細菌感染が原因であるとして猛烈な反撃をする。 日清・日露戦争で脚気罹患率が海軍と陸軍の間で決定的な差が出て、高木に軍配はあがるのであるが、負けた森は周囲が男爵あるいは子爵をもらうのにその声がかからず自分の墓に官位を彫るなと遺言する。この遺言は権力を嫌ったわけではなく、叙爵を得られなかった「引かれものの小唄」であった。
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