EBM=エビデンス(証拠)に基づいた医学を今から、100年以上前にすでに、行っていた高木兼寛(東京慈恵会医科大学の創始者)の評伝です。明治初頭に行った海軍の演習航海において、脚気で多数の病者、死者が出て、海軍はとても困っていた.そういう時、海軍軍医であった高木は、英国留学時に、英国で脚気が見られなかった事から、洋食が脚気に効くと考えて、脚気を出したのと同一航路(これが凄い、費用が数十億かかる.)の演習航海を企画した.何が違うかというと、前回は和食米飯主体、今度は洋食主体で、航海を行うよう企画したのである.結果的に洋食主体の航海を行った2回目の航海では脚気ゼロと言うとても素晴らしい結果を得た.このことを、今でも有名なLancetと言う医学雑誌に発表している(投稿と言うより、高木の講演を載せてくれているので、招待原稿かもしれない.それなら、もっと凄い.).
一方、これだけの脚気発症率に差があっても、森鴎外は脚気細菌原因説に固執し、結果として、脚気を発症させて兵を殺したと言って良い.そう言う事に対する筆者の怒りが、この本を読むと、ひしひしと感じられる。今、EBM、EBMと騒がれますが、すでに100年以上前に、そう言う実験を行い、欧米の一流雑誌に投稿していた高木兼寛を心底尊敬します。
しかし、手洗いで、劇的に産褥熱による死亡を減少させたゼンメルワイスと同様、晩年は、寂しい人生だった様です.科学的に正しいことを主張するのは、とても精神的に大変であることが解ります.それが、権威に対する主張だったら、余計大変です.兼寛は後輩に、勲位で追い抜かれるという嫌がらせをされています.
とにかく、医学に、科学に関心がある人には必読です。森鴎外は死ぬ時、このことについて何を思っていたか、とても関心があります。脚気について、森鴎外が反省の言葉を公的に述べていた文章を読んだことがありません。森鴎外のお墓を見たことがあります。質素でした。あるいは、鴎外も、心の奥底では、反省していたのではと思いました。でも、鴎外の脚気細菌原因説の固執により、死亡した兵隊さんが、かわいそうです。この本は、もっと、読まれてしかるべきだと思います。
蛇足ですが、もちろん、森鴎外の小説家としての業績はまた、別な評価です。私も好きなので。。
多くの海軍軍医がいる中で、彼だけが、tokyo charity hospital(後の慈恵医大病院)を創設し、皇室と関係を持ち、チャリティとしての病院という概念を確立していったのか、そこに興味がある.この本でもいくらかそういうことを説明してくれているが、正直良くわからない.