本書は発達障害の子どもたちの理解や療育技法について書かれているものではありません。彼らの障害特性からくる苦手さを、環境の配慮や支援技術(アシスティブテクノロジー)の力を借りて軽減しようというものです。
例えば、学習障害で書字が苦手な子どもについてはワープロの活用を、また聴覚過敏のある子どもについてはノイズ除去機能のあるヘッドフォッンの着用を試してみることなどが提案されています。
このような支援をしようとすると、「それは障害に対する本質的な教育ではない」というような批判が出ることがあります。それに対して中邑先生は次のように書いています。
(障害のある)「子どもたちが自分で学び自分で働けるようにテクノロジーで武装し、他の子どもと同じスタートラインに立ってもらう必要があるわけです。」(p26)
支援はその子のニーズに応じるために必要なもの。私たちの眼鏡と一緒です。眼鏡をかけている子がクラスの少数派だからといって、そのような道具を使うことが不公平だと思うでしょうか? 眼鏡をかけることで、みんなと同じように学習できるスタートラインにつけるのです。発達障害のある子どもへのテクノロジー利用もそれと同じだと中邑先生はいいます。
もちろん本書でも、ドリル的教育やリハビリを否定しているわけではありません。そうではなくて、今困っている子どもたちに今できる支援を考えることも同時に重要なことだと主張されています。
きれいな文字を書けるようになることも大事だけど、ワープロを使って作文の技術を身につけることも大事。文章を書く楽しさを味わうのはもっと大事。このバランスを大切にしていきたいですね。