編者桜井博士は太陽ニュートリノ研究の第一人者であるが、博士の語る研究方法論・研究哲学には実体験に裏打ちされたリアリティと深みがある。「思いつくアイデアの1割程度しか研究テーマにまで発展しないほど、研究というものは実り少ない」という桜井博士の言葉は、科学的創造性の本質を考えるうえで非常に大切なことを物語っているように思われる。本書は、非常に含蓄あるエピソード満載、科学方法論に関心のあるひとは必読です。
ちなみに、本書には、電子スピン概念をウーレンベックと共同で発見したハウトスミットが、発見に至るまでの過程を回想した講演録が収録されているのだが、そこに以下のような実に驚くべき証言が記されています。ウーレンベックから聞いた話なのだそうだが、ボルンのゲッティンゲンからイタリアに帰国した一人の若者がいて、その若者はボルンの取り巻き連中から「あいつには才能が全くない」と蔑まれ、失意のうちに帰国したのだという。「誰あろう、その若者こそ、あのフェルミだったのです」と。
ボルンが率いたゲッティンゲンのスタイルは物理というよりも数学であった、とはハイゼンベルクの言である。ゲッティンゲンの数理物理学派の発想法は非常に抽象的であった(それが行列力学をもたらした)。しかし、そもそもドイツにおける量子力学建設事業全体に共通する雰囲気というものがあったように思える。別格の大秀才パウリはともかく、伝説によれば量子力学建設を主導したハイゼンベルクは古典物理にあまり習熟していなかった気配がある。それは量子論を推し進めるのに決してマイナスに作用しなかった。しかしながら、量子力学確立後、すなわちクーンのいう「通常科学」の時代には、確立した理論を縦横に駆使できる古典物理的な才能が重要になったのではないか。イタリアで古典物理に際立った才能を見せたフェルミがゲッティンゲンで直面した思わぬ悪評という驚くべき事実は、そんなことを物語っているのではないだろうか。