ゾクッとするブラックな小説集。ミステリーでもあり、ホラーでもあり…。でも、トリッキーな大どんでん返しを仕掛けられたり、見たこともない魔界へいきなり引きずり込まれたりといった、アクロバティックなアクションを浴びせられ、日常の遙か彼方へ放擲されるわけではない。
例えばそれは、自分一人きりだと思っていた部屋のなかで、ふいに首筋に息を吹きかけられるような、そんなささやかな悪意のアプローチ。瞬間、ゾクッと背筋に悪寒が走り、ほんの数センチ、体が地上から浮き上がったような感覚に見舞われる。そんな不安な浮遊感にもてあそばれる作品集。
首筋を押さえながら驚いてふり返った時、そこには微笑がある。悪戯な少女の笑みであったり、妖艶な美女の微笑みであったり、狡猾な毒婦の冷笑であったり、醜怪な魔女の嘲笑であったり…。その一瞬の表情が語る悪意のサジ加減で、同じブラックにも微細な濃淡の違いをかもし出す。いい作品集だ。
同じ作者の『ユリゴコロ』と『猫鳴り』も読んだが、本書が一番のお気に入り。もしかして、長編より短編がお得意? 願わくばそうであって欲しい。「短編上手は、小説上手」…。確か、誰かがそんなこと言ってなかったっけ…。