2002年4月「エコノミー症候群」発症。この瞬間から日本代表高原直泰の輝かしくも苦難に満ちた物語が始まる。逃したW杯初出場。
そして2004年5月の再発による2度目のオリンピック出場の断念。
2006年、彼の辿ったW杯への道とついに立った決戦の地に栄光とは遠く離れた現実が待ち受けていた。
「3回目になったらサッカーを辞める。」と語り2010年の為に再び日本でのプレーを決断した真相と未来へのビジョンが記されている。
病魔と共存する選手生命に残された時間はすでにカウントダウンを始めている。日本代表、そして日本のサッカーの未来を担う1人として注目すべき選手の言葉で記されている。彼の描くドイツ人にも負けないような体当たりのプレーやFWがパスを繋ぐサッカーが実現することは難しいかもしれないが10数年後高原ジャパンが誕生する日も夢ではないかもしれない。
それにしても2004年同じミスチルのライブに同じく2日連続足を運んでいたとは。なんたる偶然か。また2006年秋に気に入って通い始めたというワインの町リューデスハイムの描写に偶然にも同年6月に自分がわずか1時間程訪れた時の思い出をシンクロさせた。