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病いの語り―慢性の病いをめぐる臨床人類学
 
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病いの語り―慢性の病いをめぐる臨床人類学 [単行本]

アーサー クラインマン , Arthur Kleinman , 江口 重幸 , 上野 豪志 , 五木田 紳
5つ星のうち 4.8  レビューをすべて見る (6件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 4,410 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

本書は、慢性の病いをかかえた患者やその家族が肉声で語る物語を中心に構成されている。今日の生物医学によって軽視されがちなこうした病いの経験、語りこそが、実は医療やケアの中心に据えられるものではないか。著者は、病いとその語りを、微小民族誌などの臨床人類学的方法を駆使しながら、社会的プロセスとして描き出そうとする。そして、病み患うことが今日どのような変容をとげつつあり、来るべき時代の医療やケアはいかにあるべきかを明らかにしようとする。本書は、この分野に関心を寄せる広範な読者に向けて書かれている。慢性の病いのケアに携わった著者の臨床知や臨床姿勢が横溢し、すでに高い評価を得ている著作の邦訳である。

内容(「MARC」データベースより)

慢性の病いをかかえた患者やその家族が肉声で語る物語を、微小民族誌などの臨床人類学的方法を駆使しながら、社会的プロセスとして描き、病み患うことが今日どのような変容をとげつつあり、医療やケアはどうあるべきか説く。

登録情報

  • 単行本: 379ページ
  • 出版社: 誠信書房 (1996/05)
  • ISBN-10: 4414429102
  • ISBN-13: 978-4414429107
  • 発売日: 1996/05
  • 商品の寸法: 21.4 x 15.6 x 3 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.8  レビューをすべて見る (6件のカスタマーレビュー)
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23 人中、22人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By daepodong VINE™ メンバー
形式:単行本
 バイロン・グッドらと共に、アメリカにおいて臨床人類学という学問を定着させた功労者であるアーサー・クラインマンの定評ある名著。
 著者の主張を要約するとこのようになる。「病い」は客観的プロセスというよりは、患者によって生きられる歴史であり、何よりも語られるもの(ナラティヴ)である。そして患者による病いの語りを臨床に携わる者はまず傾聴するところから臨床ははじまる。そしてひとにとっての「病い」の認識や意味を知ることが「臨床人類学」であり、臨床者に求められるものである、ということだ。
 この発想は、「病歴」を客観的かつ科学的に考えるという、従来の西洋医学の考え方とは対立する。しかし、著者の主張は、医療者側は今まで「病気」だけを視、「病い」を視てこなかったのではないか、というものである。
 もともと著者は精神医学者としてスタートしているが、メンタルヘルスに携わる人だけを本書は対象にしているわけではないことに注意が必要だ。むしろ、本書はわれわれに「病い」とは何か、という問いを突きつける本なのである。
 この考え方はさらに鷲田清一の「臨床哲学」によって、患者のナラティヴを傾聴することが「癒し」になる、とする「聴くことの力」という形でさらに発展させられていることを指摘しておく。
 医療従事者のみならず、病む人と接するすべての方にお勧めできる。
このレビューは参考になりましたか?
15 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By uran-3
形式:単行本
「生物医学」のみがこんなにも発達し高度に分化した現代医学において、見落とされてきた患者とその家族の「病いの語り」。病いの体験を聞くことが、最も高度な人を癒す者の技術(アート)である。医療人類学の草分けである著者が、多角的に、繰り返しナラティブの真髄を読者の心に力強く訴えかける名著です。この本を読むことで、明日からの自分の眼が、態度が、思いが、確実に生まれ変わっています。全編を通して伝わるのは、知識やテクニックのみではなく、根本的な医療者としての姿勢です。人間とは?病むこととは?人を癒すこととは?我々ができること、すべきことは?その答えがここにあります。
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7 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
惜しむらくは 2007/12/19
形式:単行本|Amazonが確認した購入
 容内的にはかなり充実している。
 が、惜しむらくは、患者のコミュニティーや、昨今流行の患者自身が作るセルフ・ケァ団体代への評価や言及があまりなされていない。その辺りの著者自身の視線や考えを明確にすべきではなかろうか?
 また、著者は初期の段階では患者の精神的ケァは主治医が行うのがベストだと考えているようだ。つまり、疾患の治療と精神的ケァの分業には反対の立場である。
「リハビリの現場に精神科医を配置してほしい」という私(=障害者)の主張とは正反対である。これをどのように解釈したらいいのだろうか?
 ここに記載されている『ナラティブ』だが、ただのインタビュ−ではない。かなり、カウンセリングの手法が用いられている。要するに恣意的な部分もかなり含まれている。
 当初、私は生の未整理のままの患者による『病の語り』が、「ナラティブ」なのかと思っていたが、読み進めていくうちに患者による『病の語り』を傾聴することとは、精神科のカウンセリングと同じではないかという観を強くなった。
 恣意的な『ナラティブ』は精神的ケァには違いないが、生の未整理のままの患者による『病の語り』も大切にして欲しいというのが、この『病の語り』を読んでの、正直な感想である。
  
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