登録情報
|
|
あなたの意見や感想を教えてください:
|
||||||||||||||||||||||
|
最も参考になったカスタマーレビュー
10 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
人生に深い感銘を与える書,
By ポリ銀 (桃源郷) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 異邦人 (新潮文庫) (文庫)
私が初めてこの作品を読んだのは、19歳の時でした。大学一年生の夏休みであったと思います。それから19年が経った38歳の今年、再び読みましたが読後の感動が衰える事はありませんでした。
しかし、感動した箇所は変化しました。19歳の時は、ムルソーが司祭を捕まえ絶叫した、最後のセリフにうちふるえるような興奮を覚えたことを記憶しています。しかし、今回は作品全体を通して感じられる、人生に対する虚無感と虚無感を内包しながらも、人生に対して自分の主観から享受できる楽しみを思いっきり楽しみきろうとする、ムルソーの素直な生きざまに共感を覚えました。 人生には意味がないとの思いを抱きながら、斜に構えることないムルソーの人格は、彼自身に直に接し関係した人には理解されていたのだなと知りました。前回は気付きませんでしたが。 また、検事や陪審員をはじめとしてアンチ「ムルソー」としての、一般大衆の反応には既視観のようなものすら感じました。私も38歳まで生きてくれば、他人に自分を理解されなかったり誤解されなかった経験を持ちましたので。孤独感や疎外感という感覚は、他者の無理解というまなざしによって自らのうちに形成されるのかもしれません。 短い小説ですが、人生に深い感銘を与えてくれる作品だと思います。
37 人中、32人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
乖離,
By nuishiro (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 異邦人 (新潮文庫) (文庫)
「あるべき」姿・「あるべき」行動をしていなければ途端に異物・異端として排除される。異邦人にされる。 不条理なのはムルソーではなく、世界のほうだ。 他人事ではなかった中学時代以来、何回も何十回も読んだ本。
56 人中、46人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
傑作,
By ジャン (東京都) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 異邦人 (新潮文庫) (文庫)
ムルソーの終盤における絶叫がニーチェの「神は死んだ!」(『悦ばしき知識』125番)の変奏であることは明らかです。よってニーチェのルサンチマン論を知らないと十分理解できないと思います。ルサンチマンを抱く人間は相手がいないと自分を「善い(善良な)」存在だとみなすことができません。精神的貴族が自らの強さ・豊かさ・美しさを自己完結的に「良い(優良な)」ものと評価するのに対し、精神的賤民はまず他人がどれだけ「悪い」存在であるかをでっちあげ非難誹謗したあとで反動的に自らの弱さ・貧しさ・醜さを「善い」ものだとみなすわけです。この錯乱した妬みの思想がルサンチマンです。
ムルソーは一般的に見ればちょっと変わったところがあるにしても平凡な人間に過ぎません。少なくとも第一部ではそう描かれています。ところが第二部で裁判が開始されると、徹底的に嘘がつけないという美徳ゆえの彼の非常識な行動や言動が、偶発的に行われた殺人に直結されてしまいます。検事も判事も、ムルソーの弁護士ですらも、事実を歪曲し必死でムルソーの虚像をつくりあげようとします。彼らにとって社会通念の通用しない人間はそれだけですでに異常で危険な存在というレッテルを貼られて当然なのです。ムルソーが母親の死を悼まなかったのは、それが充実した人生を全うした母親に対する侮辱だと考えるからですが、ルサンチマンに満たされた社会はそれを理解できません。あくまで御用司祭のようにぐすぐす泣いてくれる人間が社会にとって必要なのです。嘘がつけない根っからの正直者ムルソーは受け入れない一方で、嘘泣きしたり謝ったふりをしてみたりする欺瞞的な人間に対してはより大きい評価を与えるのが社会なのです。ムルソーが主体的に「良い」と感じたことでも、社会にとっては「悪い」こととされ、あくまで社会という全体が絶対的に「善い」ということにされてしまうのです。 加えて、この作品がドイツ軍によるフランス占領時代の1942年の作品であるということにも留意すべきでしょう。カミュ自身は否定していましたが、カミュが広義の実存主義者だといわれるのもこの辺に由来しているのだと思われます。
あなたの意見や感想を教えてください: 自分のレビューを作成する
|
最近のカスタマーレビュー |
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|
|
|