慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、通称SFCが1990年に開校してからすでに20年、もうそんなにたったのかという驚きが正直な感想である。日本の大学教育にイノベーションをもたらすべく開校したSFC、なんだか私自身のなかでそのイメージが固定化したまま時間が止まってしまっていたのかもしれない。
本書は、SFCの20年間を、教育分野を専門に追ってきた新聞記者が、幅広い取材のもとに概観したものである。これ一冊でSFCの20年間がわかる内容の一冊となっている。少なくとも、SFC出身でも慶應義塾出身でもない私のような外部の人間にとっては、SFC卒業生は個々に知ることがあっても全体像は知りようがなかった。この一冊ではじめてSFCの全体像をつかむことができたという感想をもつ。
SFCの特徴は、「問題発見・解決型」の人間をつくるという開校以来の教育理念があること、AO入試を最初の段階から実施していることが一般的なイメージとしても定着しているだろう。人生の目的が高校卒業前から明確になっている学生が多いという点が、日本の一般の大学生とは多いに異なる点なのだが、その結果、日本のカイシャ組織では使いにくいという評価も一部では定着してしまった。しかし、自分で考えて自分で行動するという、現在の日本にもっとも必要とされるタイプの人材を早い段階から輩出してきたという点においては高く評価すべきである。ソーシャルビジネスなどにも早い段階から取り組んでいる卒業生たちが多いのはその現れだ。
本書を一読してわかったのは、SFCの特徴は、与えられた専門分野をディシプリンとして教え込むのではない、社会人としての幅広い教養を身につけるためのリベラルアーツ型大学であることだ。講義の選択の自由度が大きいために目的が明確でないと、何も身につかずに卒業してしまうという危険もあるが、むしろ大学院に進学してから専門の勉強をすればいいという米国型の高等教育のあり方に近いのかもしれない。
私は本書によってはじめて、初代学長をつとめた経済学者・加藤寛の伝説的な説なスピーチの存在を知った。第一期の卒業生と同時に学長の座から去った加藤寛のスピーチはSFCの卒業生でなくても感動的である。
本書の取材の範囲は卒業生と教員だけでなく、事務方や他大学の教員など実に幅広い。ナマの声が多数取り込まれているので、SFCの評価を複眼的多面的に知ることができるのも本書の特徴だ。
これから大学進学を考えている高校生やその親御さんだけでなく、日本の将来について考える人にとっても、日本の大学教育に一石を投じたSFCの20年間の軌跡を振り返る意味でも一読する価値はあるだろう。