本書に出てくるのは「食べる」人々である。彼らの「食べる」理由は様々だ。贅沢のために食する人。何かの代償として食べる人。飢えをしのぐために食らう人。だが彼らは一様に悪食である。自分以外の人間に、決して知られてはいけない闇を抱えた悪食達である。そしてこの悪食たちの物語を読むうちに、読者の中の何かが変質し、悪食たちを単に異形といって排除できるかという問に直面して愕然とするのである。考えてみれば、食べるという行為は、自分の命を維持するために動植物を殺生し、体内にその亡骸を取り込むという底知れぬ闇そのものである。そうである限り、見慣れないものや、食べつけないものを貪る人間を「悪食」と罵ったところで、悪食とそうでないものとの境界など存在せず、亡骸を食らうという本質に何ら変わりはない。つまり私たちは等しく悪食であり、そうであるがゆえに生きていることになる。本書は、それを象徴するようなおぞましくもユーモラスなストーリー群で、読者に少々異質な恐怖を味わわせてくれるホラーである。とりわけ「オヤジノウミ」などは、死んでも食べないと定めた「食物」を、飢えをしのぐために食べざるをえないという危機に立たされた恐怖と逡巡、そして諦念から来る決意と歓喜を気持ち悪いほどリアルに描いたストーリーである。どことなくユーモラスなのは著者の筆力によるものだろうか。その他どの話も力作ぞろいで本当に「おいしい」ホラーである。本書を読むと、普段見なれている「食べる」というなんでもない行為が、そして食物を取り込む口という器官が、限りなく淫靡なものに見えてくる。人前で「食べる」ことが少々コワイ行為に思えてくる。怖がりな人必読の一書である。