実は、僕は著者とは大学の同級生である。学部は違ったが、同じ校舎で勉強した仲間であったと同時に憧れの存在であった。長身でハンサムでキャンパスを颯爽と走る姿は、運動神経の良さを感じさせていた。そして、僕たちが彼に「にしゃんた君!」と呼び掛けると必ず手を振って返事をしてくれるキャンパスのスターであった。
学問に対する真摯な姿勢も立派で、学部を首席で卒業したのであった。彼は、総代と臨んだ卒業証書授与式では、羽織・袴姿で壇上にあがり、バクテンをするパフォーマンスをした。その姿には大学総長も拍手喝采で想い出深い卒業式となった。
学生時代、僕は彼の存在は知っていても、その総てを知っているはずはない。卒業後に、彼が活躍している姿を拝見すると、チト妬けるところもあったりした。
しかし、にしゃんた君の著書を拝読して、いつも快活で明るかった彼にも一方ならぬ苦労、特に「日本」という壁があったことを思い知らされた。
彼の考える「未来」の中に、『民際』という表現がある。これは、「国際」とは違い、狭い国益を超越して生身の人間が触れ合うことによって、21世紀を平和にするという考えである。その為には、歴史を学ぶという手法をしてしている。そして、「過去の事実に目を向けない者は、結局のところ現代にも盲目になるだけではなかろうか。」とう問題提起をしている。
入学式では同じスタート・ラインに立っていたはずの僕にとっては非常に焦りを感じる書であった。