小早川秋聲の<国之楯>(1944年)をみれば瞬時に戦争画をめぐる問題の複雑さが理解できるだろう。作者に反戦画を描く意図はない。しかし日の丸を顔に被された兵士に、国の楯として若者を死に追いやった戦争の残酷な一面を見出すことができる。戦意高揚どころか、逆に反戦の一歩手前まで見る者を引きずり込む力を持っている。それがわかり、陸軍はこの作品の受け取りを拒否した。
戦争は生者ではなく死者が主役である。死者を顕揚すること、兵士は犬死ではなく大儀のために勇敢に散ったのだと伝えること。それは戦争を聖戦とするために欠かせない儀式だが、死者の勇敢さを讃えるほど、その勇者を死なせた戦争の悲惨さへ思いが及ぶのも避けられない。
明治期に始まった日本の洋画が、当初スペクタクルを描く歴史的題材に事欠いていたのは事実だろう。花鳥風月を描いた日本画を超えるために、壮大さ・厳粛さを持ち得る戦争は欠かせない題材であったはずだ。戦争によってはじめて日本人自身の切実かつ壮大なテーマを洋画で描く機会が生まれ、藤田嗣治を筆頭に近代日本洋画は一つの達成を迎えた。画家たちは戦争協力/反戦というスタンス以前に、千載一遇の題材を得て、一人の芸術家として必死に戦争を描いたのは間違いない。
<アッツ島玉砕>など、原寸大の迫力は凄まじいものがあるが本書の図版でも十分に恐怖を覚えるはずだ。これらダイナミックな戦争画はそれぞれ真摯に死者を弔いながらも、その画力の高さ故に戦争のグロテスクな一面を否応なく日本人に突きつける。マッカーサーが扱いに苦慮し、現在までその正式な所有者が定かではないように、戦争画はプロパガンダであり芸術であり戦争の記録でもあり、図らずも反戦芸術にもなり得た。軍国主義芸術であり画家は戦争協力者として断罪する前に、その存在の曖昧さを、戦後の私たちは画家たちの覚悟とともに引き受けなければならない。