カトリーヌ・ドヌーヴは「人は失敗した分だけ賢くなれる」と語った 大女優からのファンへの激励と思いたい 千年前に紫式部は書き残すべきことが選べた
本書は桐壺帝 光源氏 夕霧が三代にわたって すぐれた政略家であることを教えてくれた
六条御息所が姫を光源氏に託したり邸を光源氏に継がせたり 光源氏もまた実母をさいなんだ
女の孫に娘の明石の姫君を嫁がせたりと 子や孫の代まで恨みは引きずらない
平安朝の宮中では 何人もの思惑を調整したり 調和を乱さない大人を支持していく成熟に達していたのだろう ひねくれ者と悪女呼ばわりされることの多い紫式部だが 本書は桐壺帝の光源氏への父性愛(光源氏の不義の子を皇位につけることで光源氏を本当は天皇にしたかった秘めた望みを果たした) 光源氏は皇統に生まれながらも実家がないも同然の女たちを養い
「六の宮の姫君」にはしなかったと指摘してくれた
やはり現代も恋愛も生活も何が備わればみたされるかは自分次第なのだ
良妻賢母が説教っぽくなく生き甲斐をまっとうするという場面も多く 信頼される自分の育て方も 女性週刊誌的な読み方もできて 絵画の題材となる情動の強さと情景の美しさがそろった事件も提供するという多方面に活きてくる源氏物語
しかも「自分は誰?」と叫びたくなる人物と状況の多さ 自意識への揺さぶりと最善の自己主張への模索が千年前の日本で着想されていたとは 自意識は忘れた方がいい形をとることも多い 史記も日本書紀も古事記も万葉集も自意識の規範性を整理するヒントなのだろうか?
何世紀も考察しても飽きられない古典は 夢を宿し 真理をひらめかし 無私の美しさも
魔性の海千山千も問いかけるという設定になっているのだ
長い間 源氏物語は当時の娯楽 無常観 古代風の限界に封じ込められた世界にすぎないと
思っていたが 本書は現代的でもある 出世の条件 秘するが花 多義性など
光と深みのある読み方を示してくれた
次は式子内親王と藤原定家の研究が進むことを期待する
愛されるから歌人になるのか 孤独だから歌人になるのかというテーマの続きだと思うし
師弟愛 ライバル愛 内親王の誇り 地位と立場が生んだ情熱の暗号が明月記などに
あるのなら 二十一世紀になっても 世界的に見ても 貴重な論点である
式子内親王は斎宮か斎院だった時期があるそうで その後
後白河法皇の血が争えないさまは 多方面で
現代に響く作品になると思う