コラムニストの山本夏彦(1915〜2002)が、自ら編集兼発行人をつとめていた雑誌「室内」で連載していた「日常茶飯事」の単行本化。「日常茶飯事」は長い連載コラムで、そのつど何度も単行本化されているが、最後の数年間は「室内」の若い女性編集者との対談形式となり、毎回ひとつのテーマについて語るスタイルになった。この連載はとても評判になり、既に「誰か『戦前』を知らないか――夏彦迷惑問答」「百年分を一時間で」が文春新書から発行されている。僕は先行する2冊は読んでいたのだが、どういうわけかこの最終刊だけは読みそびれていた。発行は平成15年10月。今から8年前だ。山本夏彦が亡くなったのはちょうどその1年前。著者が亡くなって1年後に出た新刊なので、僕はうっかり買い忘れていたようだ。
中身は相変わらずの山本節で、山本夏彦の読者なら過去に何度も読まされた話ばかり。しかしそれが山本夏彦の「書いた言葉」ではなく、「肉声」で語られているところにこのシリーズの価値がある。下町育ちの母親に育てられた著者から飛び出す、歯切れのいい東京言葉の数々。「よせやい」「あんた」「そんなこたぁないよ」「なくなるだろうよ」以下略。夏彦コラムの歯切れのよさは、こうした江戸前の言葉の素養に支えられていたことがわかる。書かれている内容が面白いとか、主張に得心がいくという以前に、この言葉のリズミカルなトーンに、山本夏彦のファンはノックアウトされてしまうのだ。これは一流の話芸である。
山本夏彦の対談本は他にも何冊か出ているが(山本七平との対談がシリーズになっている)、本シリーズは自分と客人との対話ではなく、気心の知れた部下たちとの対話であるため、言葉遣いは打ち解けたもの。よそ行きの言葉ではなく、普段着の言葉で話している。言葉の端々から、山本夏彦の普段の姿が見えてくるような本なのだ。