一昔前、アイルランドの田舎道をヒッチハイクしている時、カトリックの司祭兼小学校の先生をしている人に拾ってもらったことがある。その人が、最近の若者は宗教心がない、と嘆いてみえたが、この短編集は、二昔前のアイルランド---それこそ、離婚も中絶も考えられない、カトリックの精神が生活に根づき、因襲に縛られつつも、伝統的な生活様式を営む、いわゆる“the good old days”---の物語です。従って、ノスタルジックな気分にどっぷり浸って読むことができる。
とはいえ、例えば、聖職をあきらめ教職に就いた男と、看護婦を辞めて修道女になろうとする女の、一夜限りの恋を描いた「ほかの男たちのように」とか、恋愛即結婚という短絡的な発想の男と、結婚に意味を見出さない女との出会いと別れを描いた「僕の恋と傘」などに見られるアイロニーは、時代を超えた普遍性を持っている。男をイギリス的因襲の残るアイルランド、女を新生アイルランドと置き換えて読むと面白いが、もちろん、こんなメタファーの意図は著者には全くないであろう。こんな捻くれた読み方をするのは邪道だか、私だけでしょうか?
時に、ケルト伝説を語り始めるような形で物語は始まる。時に、トラディショナル・フォークのようなリズム感ある口調で物語は始まる。実際、“Coming into his Kingdom”(「神の御国に」)を読んでいるときは、なぜか“Siuil A Run”のメロディが頭の中を駆け巡っていた。いかんせん、日本語ではそのリズム感まで生かすことは不可能に近い。
原作の“The Collected Stories”には34の短編が納められているが、その中から15作を精選したものだ。聞けば、15人の翻訳者が一人10万円ずつ出し合って自費出版の形で出したらしい。いいものを世に送り出したいという、彼らの情熱と努力に敬意を表したい。