内容紹介
「自律」した女性が増えて「男であること」が難しい時代、ますます増える結婚できない男性。フェミニズムの視界に「もてない男」の居場所はあるか?漱石が予見した近代における男の運命を確認しつつ日本恋愛文化論にいたる、ホロ苦い文学再読の旅
内容(「BOOK」データベースより)
フェミニズムや男性学が無視する独身男性、あるいは「もてない男」の立場から漱石、谷崎潤一郎、志賀直哉、シェークスピアなどを論じて日本恋愛文化論にいたる。
内容(「MARC」データベースより)
フェミニズムや男性学が無視する独身男性、あるいは「もてない男」の立場から、夏目漱石、谷崎潤一郎、志賀直哉、シェークスピアなどの作品の中の男と女を論じ、日本恋愛文化論にいたる。
出版社からのコメント
◆男であることの困難◆ 「自律」した女性が増えて「男であること」が難しい時代、ますます増える結婚できない男性。フェミニズムの視界に「もてない男」の居場所はあるか?漱石が予見した近代における男の運命を確認しつつ日本恋愛文化論にいたる、ホロ苦い文学再読の旅
抜粋
誰だったか、川端康成の『女であること』という作品を引き合いに出して、「おとこであること」は小説の題にはなり得ない、と論じていたのを覚えている。女であることを、夢見る~とかいう、よく意味の分からない歌謡曲もあった。バルザックは、「三十にならなければ女は分からない」と言った。オルテガは男が本当に女に興味が持てるのは三十歳から四十五歳のあいだだと言った。ミシュレは『女』とか『愛』とかいう本を書いた。『女がわからない』とか『おんな学事始』とか、『女は世界を救えるか』とかいう本が出ている。『女性の歴史』などというのも、本朝にあっては高群逸枝、海外にあってはジョルジュ・デュビーによって書かれている。売れる本の条件は、書き手が女で、出てくるのが女で、読み手が女であること、などとも言われている。なんでそんなに『女』なんだ。