1972年、三省堂書店の高校生向け通信紙「学生通信」が廃刊になった。三省堂が倒産しかかって、この部門が打ち切られたのだ。編集部の一部が独立し、名称は思い出せないが同コンセプトで以後も続刊した。わたしは詩を投稿して、三木卓選で掲載されたことがあった。
この通信紙を舞台に、田中淑枝は大活躍して将来を期待されていた。それが後に芥川賞を受賞した李良枝だった。
彼女の名を知って36年目にして、このたび初めて彼女の作品をひも解いてみた。
鷺沢萠は何なんだ? あれほど「在日韓国人」を押し出していたのに。こんなこといいたくないけど、言ってしまおう。芥川賞受賞作家と候補で終わった作家との格の違いか?
もちろん鷺沢はバツグンに頭の切れるよい子だ。けれど彼女は永遠の青春作家だ。それに比して李良枝は大人の風格を持っている。
柳美里がいったのだけれど「100パーセント韓国人」と「四分の一韓国人」の違いが風格に現れている。鷺沢萠は小説では負け犬だったかもしれない。けれどその健全さ、明晰さを活かして評論家、エッセイストで生き抜いていくべきだった。
李良枝の「由煕」は度肝を抜くような手法だ。最初から最後まで由煕は回想で語られ、直接的には本人は一度も登場しないという大胆さ。
在日韓国人の由煕が韓国の大学に留学し、下宿先の家族「私」が語り部となって彼女の行動を述懐し、由煕の人物なりを浮き上がらせていく。由煕はなぜ韓国を逃げるように学業半ばにして日本に帰ってしまったのか。一度読んだきりではまるでミステリー。
文学・読書のおもしろさって何? 何度も読み重ねるたびに謎が明らかになっていくこと。それならこの作品は手放せない。