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すでに常識になっていることであるが、角栄の政治生命にとどめを刺したロッキード事件は、オイルメジャーに刃向かって独自の資源外交も模索するという日本の国益を考えた国民政治家をアメリカのCIAが失脚させた謀略劇であった。金脈についての資料は、おそらく国税庁そのものから出たのではないかという説まであるくらいだ。だから、真実について書けるはずがないと言えば身もふたもない話になる。
児玉隆也と立花隆。児玉は、自分が書いた「淋しき越山会の女王」が世に出た翌年に世を去っている。そして、昭和51年に突如、アメリカ初ではじけたロッキード事件では、立花隆が「八面六臂」の活躍を見せる。外為法違反という別件逮捕で「不当に」逮捕されたにも関わらず、むしろ強かに角栄を叩き、自分の名前を売った「知の巨人」。最近、角栄研究では、新野哲也氏や木村喜助氏の優れた著作が沢山出ているから詳しくは述べない。ただ、塩田氏が書くように、(257ページ)、騒動の火種がむしろ海外からもたらされたという事実は興味深い。
ただ、塩田氏の筆によるこの本ではなぜか「角栄失脚のレポート」の取材の経緯があまりにも具体的ではない。周辺の話を無理につないだという感じがある。だから、ストーリーとして、あまり生々しくないのだ。どのようにして、誰が取材したのかということも、30年近くなる今になってもこの程度しか書けないのだろうか。塩田氏には『大蔵省VSアメリカ』(講談社)という労作があるのだが、少なくともこの『田中角栄失脚』に関して言えば、本当の真実に迫っていない印象を受ける。
まあ、本当のことを書くと、「知の巨人」が許さないのだろう。ただ、児玉は立花の「金脈カモフラージュ」のためのダシに使われたに過ぎなかったということが本書からは分かってくる。
唯一面白いのは、第1章である。「日本列島改造論」は、選挙用の政策公約であり、実際に実行に移そうとすると、角栄がむしろ「今はその時期ではない」とストップをかけた、という部分(72ページ)。それ以外はわざわざ世に出す程の内容ではない。
前半3章は田中角栄の台頭と政治的危機について述べる。基本的には政治の流れについてであり、一部内幕的なインタビューが掲載されているけれども、田中角栄失脚にいたる文脈において決定的に関連する事項とは思えない内容で、基本的に事実を暦年的になぞった内容である。後半は田中角栄の金脈と女性関係の記事を取材し誌掲載にまで持っていった取材班と編集部の内部の動きを主として描く。ジャーナリストを目指す人にとっては、中でも実働部隊として編集や取材や執筆に携わりたい人にとっては、ある意味で雑誌ジャーナリズムの金字塔となった記事についてのルポであるだけに特に後半部分については興味深かろうが、それ以外の人にとっては、政治と言論のかかわりについても曖昧であるし、(筆者の他の著作にも見られる傾向であるが)単なる事実関係を総花的に羅列した感が否めない。これだけの大きな仕事なのだから、何か編集部でも文藝春秋社でも内外に大きな葛藤がなかったわけはなかろうと思うのだが、そういうものが具体的に書かれているわけでもなく、正直私などには「へぇ、頑張ったのね」という感想しか湧かない著作である。
雑誌社で働くこと、というテーマに関心がある人にはお勧めするが、田中角栄の政治とその失脚にいたる政治的社会的プロセスや、言論と権力・政治の生々しいかかわりを知りたい人には食い足りない本であるといえよう。その意味で、本書のタイトルはミスリーディングである。
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