「生活工芸」という言葉の定義ははっきりとはしていない。定義は作家一人ひとりに委ねられている。
私はそれでいいと思う。多様な価値観に満ち溢れる今の世の中だから、無理に一つの価値観に抑え込む必要はない。
かつての民藝運動は、その中心人物 柳宗悦の価値観に偏り、今の時代にはそぐわない。
では、「生活工芸」においては何を善しとするのか、それを決めるのは各々の作家の美意識であり正義である。
「生活工芸」は一般の生活者(or消費者)を育てていかなければすぐさま収束してしまうだろう。
なぜなら、生活の道具に適切な形を与えたのは、長きにわたってトライ&エラーを繰り返してきた私たちの先祖、
つまり一般の生活者であり作家ではないからだ。
道具が生活者の手を離れ、ひとたび作家のものになってしまえばそれは鑑賞工芸や美術工芸の世界に逆戻りしてしまう。
「生活工芸」が生活者を育て、生活者と作家が共に歩み、大きく広がっていくことを期待する。