生成文法の入門書。私は言語学が専門ではないので個々の議論については云々できない。が、生成文法の理論モデルについては納得できた。
生成文法は「普遍文法」と「パラメータ」という二つの概念モデルによって言語一般を分析しようとする。
「普遍文法」というのは、およそ言語というものが(人間の生物学的特性上、とりわけ大脳の機能特性上)すべからく備えている一般的仕組みないし構造のことである。これは、言語が言語である以上、そして人間の言語である以上普遍的に備えていなければならない。それは、言語一般における「統語」の仕組み、つまりどのような言葉の並び方が文法的に正しい(意味がある)かを決定するような法則のことである。
といっても、そのような抽象的対象が「実在」するかどうかはひとまず問題ではない。そのような概念を理論的に仮定し、実際に様々な文法的に正しい用例が説明できればそれは理論モデルとして有効なのである(たとえば物理学における「力」はそういった概念の一つだろう)。
しかし、これだけでは様々な言語が持つ多様性を説明することができない。そこで「パラメータ」という概念を想定する。これは諸言語が別個に採用する「変数」である。
たとえば、英語には「in」や「for」といった前置詞が存在するが、日本語の場合は「東京へ」や「あなたに」の「へ」や「に」は後置詞というべき特徴を持っている。ここで、「前置詞/後置詞」というパラメータが想定される。英語は「普遍文法+パラメータ[前置詞]」と特徴付けられ、日本語は「普遍文法+パラメータ[後置詞]」と特徴付けられる(ただし、実際にはパラメータはデジタル、0か1で入力される)。
こうしたパラメータを必要かつ十分なだけ発見し、そして普遍文法の抽出に成功すれば、生成文法学派はすべての言語を一つの理論体系で包摂したことになる。そればかりか、「人間にはどのような言語が可能か」という予測さえたてることができるだろう(普遍文法をベースに、現行の言語にはないある任意のパラメータの組み合わせを採用すれば、とりあえず新しい言語ができあがる。ちなみに可能な言語の総数は、パラメータがn個あるとすれば2のn乗であることになる)。エレガントなモデルである。
あえて難癖をつけるとすれば、「人間の大脳に局所化された言語能力=生成文法が存在するから、あらゆる言語は一つのモデルに包摂される」という主張と、「理由は不明だが、とりあえず現行の諸言語すべてを一つのモデルに抽象化することはできる」という主張は両立しうるのではないか。やはり、生成文法が実証されるには「生成文法に基づく人工言語の創造」や「将来起こりうる文法変化の予測」といったパフォーマンスを実行せねばなるまい。