本書は木村敏の思想を概念的に整理した入門書ではないため、それを期待する向きには勧められない内容である。むしろ、彼の思想(とその背景にある哲学的議論)を多少とも知っている者が、その奥行きを理解するのに格好の良書なのではないかと思う。
フロイトやラカン、西田やドゥルーズについての木村の評価は興味深いし、彼の「あいだ」概念が自身の合奏体験に由来するという音楽的エピソードも面白いのだが、私が一番印象に残ったのは彼の発言から発散されている、ある「過剰さ」であった。ここでいう過剰さとは、語り得ぬもの(本書では「生命」とも呼ばれている)への信頼を常に忘れることなく、理論構築を行う態度とでもいったものなのだが、臨床体験をもとに自らの思想を紡ぎ出す木村には、そうした態度が彼自身の一部となっているように感じられたのである。
生命(あるいは他者とか外部)について語る哲学者は多いが、それを頭で分かるだけでなく実際に体で体感している人がどのくらいいるのだろうか? 生命について語っていたドゥルーズも、結局は自殺した。しかし生命を信頼し、それを実際に臨床の場で生きてきた木村は自殺することはないだろう。案外、こんなところに彼の精神病理学の魅力があるのかもしれない。