「人々は時間を無料同然に惜しみなく使う。しかし、この同じ人々が病気にかかったときを見るがよい。もしも死の危険が刻一刻と近づいてくるならば、彼らは医者の肘にとりすがるではないか。」(P26)
そう。もしあと余命何ヶ月とか宣告されていたら、たとえば年末に年賀状など書かないだろう。他にやりたいことはたくさんある。ただ、人間というのはそのような宣告を受けていない限り、いつか必ず死ぬとはわかっていても、明日はまず死なないだろう、1週間後もきっと死なないだろう、1ヵ月後もおそらく死んでいないだろう、1年後もたぶん死んでいないだろう・・・・・と、つまり今日と同じ明日がずっと続くもののように思って生きていくものである。だからこそ、本当は出たくもない結婚式に出席し、たいして親しくもない人の葬式に出席し、いやいやながら様々な会合に出席し、そうやって、自分の時間を惜しみなく人に差し出してしまうのだろう。それは駄目だ。もっと自分の時間を、自分の人生を大切にしなければならない。
ということはわかっているのだが、たとえば戦う哲学者中島義道のように「年賀状や喪中葉書は一切書かない」「結婚式や葬式は一切出席しない」「学会や懇親会も一切出ない」など、見事なまでの徹底した自分優先主義を貫徹するような勇気はない。せいぜい、本書を読んで、「ああ、今のままでは駄目だ、もっと自分の時間を切り売りしないで、自分のための時間を確保しなければ」と決意する程度のひ弱な小市民である。情けない。情けないが、本書を読むと、それではいけない、これは唯一にして有限なお前の人生である、しっかりせよと励まされるので、ついついページをめくってしまう本である。