本書を読んでぼくは、スティーヴン・ホーキングが語った小噺をおもいだします。
ある科学者が天文学について講演を行った、
科学者は語った、地球が太陽のまわりをどのように公転しているか、
太陽が銀河の中心をどのように公転しているか。
さて、講演の終わり近く、後ろの席の老婦人が立ち上がって言った、
「そんなお話でたらめですよ、
この世は、大きな大きな亀の背中に乗った、平らな一枚の板なんですよ。」
科学者は苦笑しながら訊ねた、「マダム、その亀は、どこにいるのですか?」
婦人は答えた、「あーら、あなた、とってもお利巧ちゃんなのね、
教えてあげるわ、ずっと下まで亀がえんえん続いているのよ。」
これはなかなかハイブロウな冗談で、
なぜって、神話論の立場に立って言えば、
ホーキングの相対性理論と量子力学を結びつけた量子重力論であれ、
おばあさんの重なる亀の背に乗る一枚の板理論であれ、
人が宇宙について感じる謎に答えたものという意味で変わりはありません、
いずれも立派に役割を果たしています。
そこで、人の想像力がどんなふうに働き、
どんな宇宙を描いているか、ここがなんとも興味深いところです。
著者がこう述べる意味がよくわかります、
「神話的思考は、すでにのりこえられた知的活動であるどころか、
精神が"意味とはなにか"を問うときにはつねに、
そしていまも働き続けているのではないか」
(『やきもち焼きの土器づくり』みすず書店刊)
レヴィ・ストロースは、翻訳全5巻の神話論理において、
南北アメリカ大陸に膨大にある神話を探査し、比較・検証し、
音楽に喩えるならば主題と変奏群を洗い出し、
さらには、神話の普遍理論を打ちたてんとする、
なんとも壮大な試みをおこなってゆきます。
かれは、まず最初に、
ブラジルの「未開」民族ボロロ族の神話を、
レファレンスとしてとりあげます。
いやぁ、これがまたすごいんですよ、こんな話です。
むかしむかし女たちがバ(成人の記念に与える、装飾入りのペニスサック)を作る椰子を取るために、
森へ行きました、そのときある青年が後をつけてゆき、母親を姦した。
父親は妻のベルトについた男のつける羽飾りを怪しみ、
犯人をつきとめた、あろうことか自分の息子だった。
父親はひそかに怒り、息子に命じた、
霊たちの棲む巣へ、バポ(ダンスに用いる音の出るもの)を取りにゆくように。
青年は、祖母に相談しました、
祖母はかれの命の危険があることをさとし、
ハミングバードに助けてもらいなさい、と言いました。
青年は、霊たちの棲む水の国へ行き、岸辺で待った。
ハミングバードが飛んできて、バポが吊るされている細い紐を、切った。
バポは、水に落ちて、ジョーッと大きな音がした。
警報のようなその音で、霊たちは目を覚まし、ハミングバードに矢を射った。
しかしハミングバードは無事、バポを携え、岸辺へ戻ってきました。
(ハミングバードってちっちゃな鳥で、カラフルで、
嘴がひゅって突き出したように長く、
羽をばたつかせてホバリングする様子がかわいらしい。)
同様のエピソードが繰り返されます。
そこで父親は、ふたりでコンゴウインコを捕りにに行こうと言った。
(コンゴウインコはオウムくらいの大きさ、
オウムは飛べないけれど、コンゴウインコは飛べます。
コンゴウインコもまた配色がカラフル、黄色、空色、
模様が入っていたり綺麗ですね、
ボロロたちはお洒落でインコが大好き、虹の配色なんて言い、
かれらはコンゴウインコを捕って、羽を集めて、大事に保存し、アクセサリーに使います。
ただし、コンゴウインコは断崖絶壁の中腹に巣を作っていますから、
捕るのは命がけです。)
青年は祖母に相談しました、祖母はかれに魔法の杖を渡しました。
さて、父親は、青年にコンゴウインコを捕らせようと、
まず長い長い棒を断崖絶壁にかけ、青年に登らせておいて、
その後、父親は長い長い棒をはずし、青年を断崖絶壁に置き去りにしました。
青年は絶体絶命!?? しかし青年は岩の割れ目に、魔法の杖をつきさし、
そして蔓につかまって、命からがら崖をよじのぼりました。
青年は、トカゲを食べて空腹をしのぎました。
(トカゲってヤモリとかイグアナの親戚ですからね、
しかも熱帯のトカゲはデカくて、なかには人間よりデカいトカゲもいます、
変な模様とか入っていて、超不気味、ほとんど怪獣ですね。
青年も食べるものがないから、仕方なく食べるわけです。)
青年は食べ残したトカゲを、ベルトや足首に巻いた紐に吊るしました。
やがてトカゲは腐り、あまりのくさい臭いに、青年は気を失いました。
コンドルは腐肉が大好き、くさい臭いを嗅ぎつけ、青年の尻を食べました。
青年は尻がなくなってしまって、なにを食べても消化できなくなりました。
しかしその後コンドルは親切にも、
青年のベルトをくちばしでくわえ、岩山のふもとまで下ろしてくれました。
(コンドルは大きな大きな鳥、人間くらいかんたんに運べるでしょう。)
そして青年は、じゃがいものようなものをつぶして練って人工肛門をこしらえて、
自分の尻につけました。
かれは村へ戻った、祖母が迎えてくれました。
ところがその晩、暴風雨、
村中の火が消えました、
そんななか祖母の家の火だけが無事で、
祖母は村中の人たちに火を分け与えました。
青年は父親に復讐するつもりです。
青年は鹿に変身し、父親に突進、父親を川へ突き落とした。
父親は、魚の霊たちの餌になった。
青年は、村へ戻ると、父親の妻たちに復讐した、
そのなかには自分の母も含まれていました。
青年はうんざりしていました、自分をひどいめに会わせた連中とはもう一緒に住みたくない、
そしてかれらに復讐するために青年は、風と寒さと雨をもたらすことを宣言します。
青年はまず祖母を遠くにあるすばらしい国へつれてゆき、
その後、村へ戻り、宣言どおり風と寒さと雨で村人たちを罰しました。
レファレンス神話は、これでおいしまい。
いやぁ、なんてむちゃくちゃな話なんでしょう、
ここにいったいどんな文化コードが潜んでいるのでしょう?
世界中の民族に普遍的に存在するといわれている近親相姦のタブーへの、
神話上の無頓着を、どう考えたらいいでしょう?
レヴィ・ストロースは、
ボロロ族の村、円形にデザインされた住居システムを示し、
東西南北に象徴的意味が付与されていることを紹介します。
かれらの家の並び方には、ふたつの血縁集団の住み分けがあり、
かつまた男たちの家は中心に、女たちの家は周縁に位置しています。
しかもかれらの家の並び方には、
かれらの社会の秩序、作る物品の異なり、特権、タブーなど、
さまざまなコードが反映されています。
次に、バ(椰子素材の装飾つきのペニスサック)を作るのが、
女の協力とともにあること。バが青年が成人した(イニシエーションの)象徴であり、
バをつけてはじめて結婚する権利が得られることを指摘し、
そこからひじょうに興味深い解釈を引き出してゆきます。
次に、この神話の結末が、風や雨の起源神話になっていることも指摘します。
なるほど、起源を語ることは神話の使命のひとつ。
たとえば火について、
ある神話は答えます。
もともと火はジャガーが持っていた。
ジャガーは肉を炙って食べていた。
人間は火をジャガーから奪った。
火を奪われたジャガーは、いまでは肉を生で食べる。
別の神話は答えます。
もともと火はコンドルが持っていた。
コンドルは肉を炙って食べていた。
人間は火をコンドルから奪った。
火を奪われたコンドルは、いまでは腐った肉を食べる。
そのほか神話は水、言語、病いなどの起源を語ります。
と同時に、神話はその部族の社会秩序を語り、秩序を乱す者を戒める。
著者は、無数の神話群のなかに、
主題と変奏群のような関係を見出してゆきます。
たとえば、冒頭で紹介した神話と、ジャガーから火を奪った神話が、
水の起源に対する火の起源の神話として対称性をそなえている、
そんな目の覚めるような指摘がなされます。
この第一巻だけでも、183もの神話が収録されていて、
全巻合わせてば800以上、数え方によってはその倍も収録されています。
どの神話も荒唐無稽、次から次へととんでもない話が紹介されます、
しかもその解釈がまた冴えていて、最高の文芸批評に通じる魅力に満ちています。
(いいえ、実は話は逆で、
レヴィ・ストロースこそが文芸批評に大きな影響を与えました)。
なお、このシリーズは、
苦労して全ぺージ読み尽くせば最後にご褒美として結論たるグランドセオリーが与えられる、
という書き方で書かれてはいなくて、
むしろ章ごとにそれなりに完結していて、
したがって、読者は任意に、ある章を気ままに読むだけで無類におもしろく、
それでいて、いつもこのシリーズを手放さずにいると、
いつのまにか全巻読んじゃっている、そんなふしぎな魅力を備えています。
このシリーズは全五巻、各巻500ページ、全巻揃えると4万円以上ですが、
しかしアーティストや、想像性を愛する読者にとっては、
想像力の宝庫たる神話百科として、一生愉しめるでしょう。