端的にいって、この本は多くの不正確・不適切な記述を含んでいます。進化生態学のよい入門書は他に沢山あるので、初心者は避けたほうがよいでしょう。
まず冒頭の自然選択の説明からしてロジックがよく解りません。自然選択に関しては表面的にのみ理解している人が多いのですが、この本のような説明ではそういう人々の理解を深める助けにはならないでしょう。
それ以降も「交尾は快楽でもあり、オスは財産と快楽を同時に得ようとします」「生物の場合は、適応度の最大化を主目的として進化していきます」「複雑な構造をもった生物は単純な生物より、生き残るうえで有利」等々、自然選択に対する通俗的な誤解を招く説明が頻出しますが、初心者への配慮は皆無であり、著者ら自身が誤解している可能性すら疑われます。
他にも、雑種や個体群のような生態学の基本用語でさえ誤用していますし、「囚人のジレンマゲームでは、一般的にESSは存在しません」「フィッシャー理論の最大の弱点は、ESSが不安定ということ」など、基本概念であるESS(進化的に安定な戦略)に関する初歩的な誤りがみられます。基礎からして怪しいのですから、後は推して知るべし。もちろんこの本の内容が何から何まで間違っているわけではありませんが、様々なレベルで間違いと混乱が満載の本だといえます。
他にも問題のある箇所は無数にあるのですが、最後に特に指摘しておきたいのは利他行動の紹介です。筆者らは『黄金律』(常に協力する戦略)を賞賛しています。書評子も無償の愛を尊ぶという道徳観は人として持ってはいますが、黄金律やそれ以外の戦略に関して事実を誇張したり、理論上の戦略としての欠点と人間社会の道徳律としての欠点を混同させるような奇妙な理屈を用いてまで黄金律を持ち上げる筆者らの姿勢は、客観的事実をまず尊重すべき科学者としての倫理を踏み越えてしまってはいないかと危惧します。