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第127回直木賞に選ばれた乙川優三郎(おとかわ・ゆうざぶろう)氏の「生きる」(文芸春秋刊)。3つの時代小説が収められているが、その表題作を紹介したい。
藩主の恩に報いるために「追腹(おいばら)」(=殉死)をせねばと覚悟していた男が、家老と密約を結んだために思いとどまる。事情を知らない人々にさげすまれ、その影響は家族にも及び、息子や娘の夫が自殺してしまう。体が弱かった妻も苦労の果てに亡くなる。娘は夫を失ったショックで気が触れてしまい、行方不明になる。
男は愚直なまでに密約を守るが、一方で次々に見舞われる不幸や周囲からの誹謗(ひぼう)中傷におののく。強く生きてゆく自信や気概が失せ、ついには病に伏せる。
〈どうせ恥辱に塗れたまま死ぬのだから、恨みつらみを吐き出してやろう〉。男は密約を迫った家老に宛てて手紙を書き始める。が、そうするうちに見えてきたのは自分の弱さだった。〈何もせず、ただ恐れ立ち尽くし、嵐が去るのを待っていただけではないか〉。男は尊厳を取り戻し、胸を張って生きるようになる。しかしその後も、男に対する中傷はやまなかった…。
物語は感動的な結末を迎える。その始まりと終わりを菖蒲(あやめ)が暗示する。
菖蒲は男の家で、幸運をもたらす花とされていた。その生育が例年になく遅れていることに、男は不吉な予感を持つ。果たして悲劇が始まる。結末近くでは、雨上がりの庭で、男が菖蒲を眺める。
メリハリに満ちているわけではない。1人の男の生きざまが淡々と描かれている。決して格好良くはない。それがかえって、さもありなんと思わせる。
現代に追腹はないけれど、理不尽と思えることに耐えなければならない局面はある。そんなとき、人は何を支えに生きてゆけばよいのか。示唆に富む秀作である。
生きるとはなんなのか、ということを読者に問うているというよりは、... 続きを読む
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