歯に衣着せぬ物言いで知られる音楽評論家、許光俊氏によるクラシック評論。
この下らない人生を、生きるに価する、意味あるものにしてくれる奇跡的な演奏、ということで、著者のお気に入りのCDが紹介されている。同じ作曲家の同じ作品でも、演奏者のアプローチによって色々な姿をみせるという視点から、カール・リヒターやコルボ、ショルティ、ムラヴィンスキーなど有名どころから、余り知られていない、もしくは忘れ去られようとしている指揮者の演奏まで、平易な語り口で、クラシック初心者にも分かりやすく語られている。初心者はクラシック音楽の奥深さを感じるだろうし、中級者以上も色々と議論のネタになる好著だ。演奏に対する評価もおおむね公平と言えるものだし、巻末にはディスコグラフィーがついていて、いいガイドになる。
しかし、これまで毒舌・皮肉のきいたウィッティな評論で知られた著者だが、本書には以前の邪悪さは影も無く、語り口は愚直・素朴と言ってもいいほどだ。許光俊は一見ニヒリストに見えるが、あまりに高い理想を求めるがために下らない現実が許せないだけで、ニヒリストっぽい外見は理想主義者の姿とコインの裏表の関係なのだろう。今回は自分が最高と思う演奏だけを取り上げ、幸福な気持ちに浸りながら語っていて、著者の理想主義者の側面が全開になっている。自身もカサノヴァの回想録みたいなものと例えているが、幸せいっぱいな語りは、許光俊ファンには少し物足りないかも。