言わずと知れたフェリーニの名作です。しかし一貫したプロットはなく、あたかもダンテの『神曲』の如く、バニティにあふれた地上の狂騒・刹那的日常をマルチェロが地獄巡りし、我々は174分間それにつきあっていくのです。本編ではA.エグバーグのトレビの泉のシーンが有名ですが、それ以外にも名場面やインパクトあるカットが満載で、あたかもそれらがマニエリスム絵画のようにちりばめられています。珠玉の一品です。
フェリーニは新聞などで仕入れたゴシップをコラージュしてこの作品を作り上げたそうですが、実に周到に「信ずべき価値」がもはやついえようとしていることを表現しています。キリスト像は空輸され聖母は現れず、ローマの遺跡や中世の城は遊興の場となり、そして父親は心不全になってとっとと故郷に帰り恋人は嫉妬に狂い心の重荷になっているのです。信仰、文化・歴史、家族・愛情、皆浜辺に打ち上げられた白く巨大なエイの如く無惨なしかばねをさらしています。その中の究極のエピソードがスタイナーの自殺です。彼こそはマルチェロが最後に心の拠り所としていた、精神の高みを求める生活の象徴だったのですが、それさえも酷い幕切れを迎えてしまったのです。その結果、彼は半ば自己放棄的に「甘い生活」へと邁進していくのです。その苦い味わいといったら。
「流石に古いかな」なんて考えながら、何か思う所があって2004年の大晦日に再見したのですが、驚くことにこの映画は全く古びていなかったどころか、今こそその本来含んでいた真価が露わになっているのです。モノクロで撮られた限りなく美しい映像もさることながら、極めて哲学的で、人生に積極的な価値を認められないことが恒常的となった我々に強いメッセージを送っています。我々は皆、ラストの少女の側に行けないまま、日常に忙殺されている「甘い生活者」なのかも知れません。凄い映画です。今一度再評価を。