ICTを用いて人のライフログを記録する社会は、監視社会なのか見守り社会なのか。このキーワード一つ取っても見方は全く逆だ。折しもDPIの議論がこっそり進んでいる。とりあえず反発する意見が多い。では反発している人に聞くが、googleやクックパッド、Amazonといったサイトが利用者の検索履歴を集めて利用していることに対する取り締まりは無くていいのか。
本書は数年前の執筆で、技術者陣営がまっしゅるーむや人型アンドロイドの研究成果を語る中、安全性と利便性を求めることにより、無意識的に身体的自由が奪われることになるという東浩紀氏の主張がなされる。環境に知能を埋め込むのは良いが、人間としての責任と自由はどうなるのか検証しているのか。技術者サイドからは明確な解答がない。それはいつもそうだ。研究所の純粋な科学者はそういう方がほとんどだろう。批判しているのではない。事実ではないかと推測しているだけだ。
だからこそ、理系文系問わず、サブカル系・IT技術に非常に詳しい東氏の主張に耳を傾ける必要があるのではないか。科学技術の進歩により奪われる自由について、あるいは利便性と引き換えの監視社会への条件反射的反発しかできない人文学系論者や左翼系リベラリストの空虚さ、そして理想と研究を追い求める卓越した技術者のあり方にについて考えさせられる。