札幌の郊外にある私の自宅は、マッチ箱を重ねたような注文住宅だ。当書でも触れられているプレハブ住宅を“売り”にしたハウスメーカーが竣工した。このメーカーは、その後、和歌山の下駄屋の兄弟に実質乗っ取られたみたいだが、「そのハウスメーカーの創業者社長は、さすがに住宅のことがわかって」いたらしく、「現役の社長のころ、自宅を日本の伝統技術である木造在来工法で、すばらしい数寄屋造りの住まいとして建てた」(pp.63~64)そうである(笑)。因みに、本著によれば、「ハウスメーカーとは、世界の中で戦後の日本だけに存在する奇形の産業」(p.62)であり、事実、自動車などとは違って、“欧米のハウスメーカー”といった言葉は聞かない。
すなわち、「建築」とは「基本的に地場産業」(p.62)であり、「農業のようなもの」(p.48)である、ということだ。就中、著者の「建築は農業のようなものだ」というフレーズは、大変重たい意味を持っている、と思う。つまり、建築も農業も、その土地や気候に合ったものにしなければならない、ということだ。確かに、北海道でパイナップルを、沖縄でジャガイモを作る人を見掛けないのと同様、全国同一の規格による建築も、本来あり得ないだろう。とりわけ、「日本でも家を作るなら、建てる場所の十里四方以内で採れた木材を使え、という言い伝え」(p.54)は、まさに言い得て妙、蓋し至言である。このことは、日本の「木の文化」「山の文化」の再生にも繋がっていく。
著者の白岩且久さんは現在、世田谷区において(株)白岩工務所の代表取締役を務め、高断熱高気密で、冷暖房を自然エネルギーで行い、国産材を使用した住宅の普及促進に努力されている。本書では、過去の失敗談や成功例、あるいはスイス、ドイツ、スウェーデン等の「断熱先進国」の事例なども示しつつ、日本における住宅のパラダイム・チェンジを目指している。また、白岩さんは作家の
世川行介さん などと「立ち止まって考えよう国民会議」の設立準備会を起ち上げ、事務局を引き受けられているようだ。今、こうした動きに対して、「大同団結しては…」という声もあるみたいだが、トロツキーではないけれど、「別個に進んで共に撃て」でも良いと考える。