この本が全体として、読者に求めることは、『継承財』に気付くことである。
筆者は、『継承財』について次のように述べている。
「継承財は、人が生まれたときに継承する。対価を支払わないので、どれほどの犠牲を費やして手に入れたのかを知ることができない。多くの人が、その価値に気付くのは、その財が失われた時となる。次の世代にも継承するのが、継承財を手にした者の責任である。48頁参照」
空気や水が自由財であるのは、仮構であり、子ども達に継承しなければならない、財である。
これらは、継承する義務が我々にはある。
企業や国家が、環境を破壊したとしても、失われた環境を取り戻そうとする人(突飛な行動をするひと)がいる、その人を見付けだし、適正な評価を行うことで、失われた環境を再び再生することができる。しかし「能力のある人を適正に評価しなかったら、能力のあるひとは、環境再生を止める。」と、筆者は述べている。
すなわち、環境再生にも資金が必要であり、企業、国家は、できる人を、会計によって評価し、それなりの処遇(資金)を与えなければ、継続はできないのである。
環境の再生は、kikyoという計算で適正に評価が可能であると、筆者は、述べている。
本書を読んで、『継承財』という『言葉』をまず、私たちは、知識として理解しなければならない、と考えるようになった。