エンゲルスが『イギリスにおける労働者階級の状態』で叙述したように、一九世紀末のヴィクトリア朝のブルジョア階級の台頭は、その裏で労働者階級の生活の困窮化を招いた。そんな中で、先行世代のワーズワースやシェリーといったロマン主義左派の流れを引く詩人・美術工芸家ウィリアム・モリスは、アーツ・アンドクラフツ運動と呼ばれるモダンデザインの先駆けともなる社会運動を始めた。
また、この国では少数のマルクス主義者でもあった彼は、議会による改革を目指す社会民主主義のフェビアン協会とも一線を画し、イギリスの個人のリベラリズム(自由主義)に立脚した複数の芸術家・経営者が「契約」によって集まる芸術による社会改良を目指した。それは工場で資本家の下で労働者が集められ、機械に服従して生産が行われる産業形態に対する痛烈な批判であった。
しかし皮肉にも、アメリカの経済学者ヴェブレンが指摘したように、モリスらの労働者のための芸術運動は、この当時台頭した生産には携わらなくても生きていける「有閑階級」(Leisure Class)と呼ばれる顧客によって賄われていた。それは廉価な機械製品に対して高価な手仕事の家具などを買うことが他人への見せびらかしのために大いに必要とされる産業社会=大衆消費社会の誕生を意味している。すなわちモリスの活動は、一方で、他人志向的な有閑階級の無理解、他方で困窮した労働階級の過激化の間で引き裂かれた。
そうした中で彼は晩年中世の造本の製作にのめり込んでゆく。本書は彼がそのとき何を思い、そして何故彼の芸術が今日のわれわれを促し続けているかの秘密をそっと示してくれるだろう。