パルプ・フィクション(犯罪小説)にありふれているような、欲望に溺れる人間たちの話を、
まだ新進監督だったキューブリックが作りあげたB級犯罪ノワールものの傑作。
競馬場の売上金強奪計画が、登場人物それぞれの主観時間で語られる、という『羅生門』(50)
をさらに複雑、斬新にした映画的な時制話法が 何よりスリリングで素晴らしい。各人の生き
ている時間が生々しく交差し、計画実行までの緊迫感を一層高めている。紫煙の中で、計画を
話し合う姿を捉えたりする、ドキュメンタリー・タッチのシャープな白黒撮影も実に魅力的。
若き日のキューブリックのさまざまな技巧に満ちた映画的冒険が熱く(作風のクールさとは反
対に)伝わってくる逸品だ。
キャスティングも素晴らしい。B級犯罪の常連スターリング・ヘイドン(『
アスファルト・ジャングル [DVD]』、
『
三人の狙撃者 [DVD]』)は、不吉さと絶望感を体現しているような感じで、登場とともに、この
作品の結末を暗示している。彼と恋人コーリン・グレイとの束の間の夢が哀しい。そして、小心
者のエリッシャ・クック・Jr.(男らしさを見せようとす るあたりが、いかにも彼らしい)と彼の悪妻
マリー・ウインザーの怪演も出色。
どれだけ映画史で有名な作品であっても、手の込んだDVDを発売しない米MGM/UAに倣い、日本
盤DVD(日本での権利者は、20世紀フォックス)も同マスターから商品化。本編のみという寂しい仕
様だが、作品そのものがこれだけの映画的魅力を放っているのだから、特典などかえって不要か
もしれない。