まずは、もし高校生のご子息・ご息女がいらっしゃる父母が
啓蒙のためにとこの本をお子様に与えることを私はお奨めしません。
結論として、この本に書かれる内容をして、「大学生活」というものを表すというならば
それは日本の教育機関の無為無能を証明することになり、それは全くの事実無根だからです。
そもそも、この本は前提から編集者達の偏見に満ちているのです。
「学生は大学で勉強しないもの」と決め付け、
そして本人達が実際そのように生活してきたのですから、
一方的な視点に立つことは仕方の無いことでしょう。
彼らは一様に「東京(ないし都市部)」の「私立」大学の「文系」学部学科に属した学生なのです。
3つの要素についてそれぞれ説明をいたします。
まず、都市部の大学であること。それは様々なことに接する機会が多い、とても良いことです。
遊ぶ場所があるなどという書生らしからぬ不真面目なことでなく、
見聞を深めることの重要さは誰しもが理解することでしょう。
しかし大学の中には、様々な都合によって周囲が森林であったり、田園であるというようなものもあります。
この本では、そういった学生の例はありません。
周囲に大学以外がないような学生はどうやってこの本のように過ごせというのでしょうか。
2つめに、私立大学の学生であること。
国立大学に比べて私立大学には教養課程の講義が存在しないことが多いようです。
そして、大学によっては年次毎に必要とされる取得単位数を定めていないものもあります。
この本の著者達が大学に行く必要がないことがよく判ります。
3つめに、文系の学生であること。
これは2つめの私立学生であることと同様の理由になります。
理系の学生であれば、1年次から週に2日、それぞれ午後一杯を使った学生実験が必修となることは珍しくありません。
熱心な講師陣であれば予習・復習の状況を学生一人一人ノートを確認して、実験の参加資格を問うことさえあります。
通常の講義であっても単位を取得するためにはレポート提出ではなく、テストを行うことが主です。
そしてこちらも熱心な講師であれば、毎回の講義における小テストを重視し「出席」を重視し
また意地悪ながら再試による救済を前提に、テストを極端に難解なものとして学生に理解を促すこともあります。
仲間内で代返やノート・レポートの使いまわしを行う学生もいますが、それは講師側の本意ではないので問題としません。
そして4年次となれば、研究室に配属され教授・准教授の下で最新の研究に携わることになります。
こうなれば、学生は研究室によっては会社員の定時以上の「勤務体制」に置かれることは珍しくありません。
さらに彼らは先輩や助教、時には教授直々の手解きを受けながら、自分の知識で未知の技術を開拓しなければならないのです。
向上心を持った学生であればこれだけの環境で技術者・研究者として鍛えられないはずはありません。
そして、そういった学生を育成して世に送り出すことこそが大学という教育機関の本分だと私は信じます。
本にある通り、著者や編集者の中には半期以上自身で大学に足を運ばずとも留年していない者もいます。
彼らは「大学に行く必要がない、だから他のことをする」というだけのことです。
ならば大学生でいる必要などもとからないではありませんか。
私には、有名私立大学に通い卒業後の進路が保障されているからこその道楽という感想が抱かれます。
勿論、東京の私立文系の学生にも学問に専念する学生が無数にいるでしょう。
現に私は学生の頃から弁理士予備校に通う、著者らと同様の肩書きの学生を知っています。
学生の身で1冊の本を形にしたということに敬意を表して2点の評価をつけますが、
このような内容で少年少女を惑わすことは、著者自身が属した大学のみならず教育全体への侮辱とすら感じられます。