榎本武揚は幕末、函館五稜郭に立て篭もっての明治政府軍との戦いに降伏し、助命嘆願によって生き延び、北海道開拓に従事していた。ところが、外務卿の澤宣嘉の急死により全権公使としてロシアへ赴任している。
この榎本武揚が著わしたシベリア日記は目的があっての記述となっている。将来的に極東ロシア、沿海州、満洲との交易を計画しているが、その見聞内容の詳細なことに驚く。随員が遊びに行っている間にも日記を書き綴っている。鉄道が全通していないためシベリアの大地を馬車に揺られての旅は苦行のなにものでもなく、病気をしなかったのが不思議なくらい。
ロシアと支那との間に国境というものはあっても実質は機能していないが、その間隙を縫って朝鮮人の子供がロシアの学校に通っているというのも、おもしろい。さらに、シベリアにユダヤ人がすでに生活していることに驚きを覚える。
本書は榎本武揚の原文に現代語訳、注釈が加えられているが、その作業はいかほどの年月を要したのだろうか。現代語訳、注釈があったことで読み込みが可能となったが、とりわけ、語学、科学に精通していた榎本武揚だけに日本語に置き換えられない言葉はそのまま言語表記しているので、大変な作業だったと推察する。
いずれにしても、興味深く読み終えた一冊だった。