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現代社会の倫理を考える〈第11巻〉環境の倫理学 (現代社会の倫理を考える (11))
 
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現代社会の倫理を考える〈第11巻〉環境の倫理学 (現代社会の倫理を考える (11)) [単行本]

山内 広隆
5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
価格: ¥ 1,995 通常配送無料 詳細
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現代社会の倫理を考える〈第11巻〉環境の倫理学 (現代社会の倫理を考える (11)) + 現代社会の倫理を考える〈13〉技術の倫理学 (現代社会の倫理を考える (13))
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

周知のように、ドイツは環境先進国であるが、これまで日本に導入されてきたのは、例えば『ファクター4』など、現象面だけに偏っていた。だが、「環境先進国」には「環境先進国」たるべき哲学が存在する―。本書では、わが国でこれまでほとんど論じられることのなかったドイツ古典哲学や現代ドイツの「実践的自然哲学」から地球環境問題を議論していく。哲学史を踏まえながら基本問題を哲学の土俵上で議論する「新しい環境倫理学」の始まり。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

山内 広隆
広島大学大学院文学研究科助教授(応用倫理・哲学講座)。1949年鹿児島市生まれ。広島大学大学院文学研究科博士課程後期単位取得退学(西洋近世哲学専攻)。比治山女子短期大学、比治山大学助教授を経て1996年から現職。その間ミュンスター大学客員研究員(1998~99年)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 176ページ
  • 出版社: 丸善 (2003/03)
  • ISBN-10: 4621072072
  • ISBN-13: 978-4621072073
  • 発売日: 2003/03
  • 商品の寸法: 18.6 x 13 x 1.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
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形式:単行本
ジープの「コスモス倫理学」を紹介している。その中で「コスモスとしての自然」を期待するのは人間であり、規範を導出するのも人間であると説明されている。「期待」という概念で、人間の主体性や自律性(精神性)を弱める意図があるのかもしれないが、人間は自然に何を期待するというのかもっと具体的に説明してほしい。比喩的に「神が創造した自然の善性を信頼する」というのなら理解できなくもないが、真意ではないだろう。
 人間の自律性ではなく、ある理想的で総体的な自然が出発点になると言うが、どういうふうに理解したらよいのだろうか。「超越者(神)が創造した総体的な自然の声に耳を傾け、神の期待に添うように(自然の善性を維持し、完成させるように)人間は自然に対して行為しなければならない」といった比喩的な表現なら理解できなくもないが、恐らく真意ではないだろう。
 人間と自然の相互承認ということも言われているが、コスモス倫理学から、自然が人間を承認するということをどのように説明しようというのか?「あたかも自然が人間を承認するごとく(そう思えるように)」人間が自然に振舞えというようなことはまさか言わないだろうが。そうなら、私たちは人間という視点や属性を離れることが決して出来ないという意識をもっと強くもつことの方が大切ではないのか?「実践的自然哲学」という概念は私には分りにくかった。
 環境倫理の言う「種の絶滅」の回避についても考えさせられた。私たちに「無関係な種」の絶滅を防ぐ運動をすることは日常的には難しい。また、明確な意図をもってある種の絶滅を考える人もいないだろう。私たちが意識すべきことは、環境破壊を防ぐということに尽きるのかもしれない。
 しかし、ゴキブリや蚊の種が絶滅することを願うのは誤っているのだろうか?恐らく誤っているだろう。環境倫理の基本的考えに従えば、人間が勝手に種を選択して、その絶滅を願うということは許されないことだから。
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