この「生霊」で岩井志麻子の「現代百物語」を読むのが3冊目の方は、
「なんか前に見た事ある話だな…」
と何度か思われたのではないだろうか。
そしてまた、ずいぶんと見覚えのあるキャラクターが頻出しているなと。
確かに「あの人物」の登場回数はこのシリーズ中最高ではないかと思う。
もはや「設定を変えて」もいない形でも何度も登場する。
話は「あの人物」を主役にすえたものばかりではない。
「あの人物」から見たこちら側、つまり書き手に恐怖を感じる瞬間も描かれている。
視点があちらに移り、こちらに移りするうちに、誰が被害者で誰が加害者なのか分からなくなってくる。
もはや「ふたりの物語」となっている。
あとがきを最後まで読み終えた時、そう思った。
この本の11話「共依存する親子」はこのふたりの物語ではないのか。
また今回は、読者にも簡単に確認のとれる「証拠」を仕込んだ話もあった。
こうなってくると、読者は読者でいられず、物語を傍観する当事者として、すでに渦中に巻き込まれているのではないか。
これまで「実話です」と何度強調されても、物語として楽しんでいた自分は、心底戦慄した。
あまりの恐怖に、もうこの続きは読むまいと一度は思った。
しかしその時になってみれば、読まずにおれないのかもしれない。
それがこのシリーズの、岩井志麻子作品の、もっとも恐ろしいところかもしれない。
…とは言っても、赤いブラジャーの話や「命の線引き」など、様々な境界があいまいになっていく、怖いような怖くないような話が秀逸だった。
もっと読みたいと思う。
それとこの本のデザイン。
1ページおきに、うすーい10パーセントくらいの網がかかっている。
白いページとうっすらグレーのページが交互に現れるようになっているのだ。
最初は気付かなかったが「何か変だな…」と目をこらすとようやく分かる。
この感覚はまさに「現代百物語」。
まことに気持ちの悪いブックデザインだと感心した。