ネット上でみんなが同じ意見をつぶやくと、あたかもそれがなんの批判も無いまま事実として受け取られてゆくという心理に、激しい恐怖を覚えた。
実を言うと私自身、本文中に例として取り上げられていたある殺人事件の犯行に、以前からネット上で指弾されていた某芸人が関わっていた…という風説を『一般的な認識』として持っていたことに慄然とさせられた(実際は無関係だったのだが)。
本人が警察に相談しても長いこと「単なる『ネット上の』悪口だから」と、まともに取り合ってくれなかったらしい。今流行りの風評被害というところか?。
私が怖いと思ったのは、それが単なる風評被害にとどまらず、(自分にとっては必ずしも重要ではない→他人事だから)「『事実と違うこと』が『一般的な認識』として『社会に定着する』」ことだ。
この中傷が始まったのは、まだツィッターが流行る前のことだ。状況は今の方が深刻だろう。
著者も指摘するように、相手が鵺のようなネット上のつぶやき相手では反論する場も無いのがやっかいだ。
ある内容が(ポジティブでもネガティブでも)延々とつぶやかれていく、そしてそれを見ているうちに次第に自分の意見(あるいはそれが一般認識だ)と思いこんでいく、これはまさしく「負の自己暗示」「他者からの刷り込み」そのものだ。
ではそれに対して有効な対抗策があるかというと、私自身は思いつかない(皆さんはいかがだろうか?)。
ただでさえ付和雷同的で他者の意見に同調する国民性を持つ日本人が、ソーシャルメディアが持つこうした罠にハマってしまわないか、はなはだ心配だ。
危険性に気づかせていただいた点で5つ星でも良いのですが、魔女裁判の項目にページが多く割かれている割に、それに対抗する方策がアレッ!?だったので惜しくも★4つ。
「
テレビは見てはいけない (PHP新書)」を読んだとき以来の衝撃だっただけに、苫米地氏にはこの問題点を解決できるシステムを提案して欲しく思った。