著者自身、戦争を「民話」と呼んでいいかと自問されていたこともあるそうです。確かに私もそう思った瞬間がありました。しかも、それがいきなり第2巻として登場します。
しかし、人口に膾炙し、時には誇張され脚色されながらも、確かに実在したものとしての「話」が民話なのでしょう。しかも、それが多くの人々に共有され、また、ひとつの経験として経験されたのであれば、それは紛れもなく民話なのです。
フランクルの「夜と霧」も、その意味では民話なのかもしれません。語り継ぐべきものを背負ったもの、それが民話だと思います。
この本は、松谷版「夜と霧」ともいえるでしょう。
これを後世に語り継ぐことが、我々の大きな責務のように感じられます。