この巻ではとくに第43の「諸法実相」と第53の「梅花」だろうか?
前者は本質を射抜く言葉の力強さがあり、後者には耽美的とも言えるような神秘的美しさが随所に表現されている。
「『唯仏与仏』とは、『諸々の現象は諸々の実相である』のことだ。諸々の現象は実相であり、それを『唯仏と仏とのみ』と云うのである。この唯仏とは仏法のことであり覚りであり実相である。また仏は万象である。」(諸法実相P126)
あるいは(梅花P311)「花も大地も悉くは無である。花は無である。花が無であることから大地は無である。花も大地も悉くは無であることによって、瞳も無である。無というのは、無上の覚りである。万物を無と観想するとき、梅花の只一枝が現れる。全存在についての無上の覚りを表す語が、漫々たる雪中の一枝の梅花である。」
こうした本質を突く言葉が次々に繰り出される。まるで稲妻のように一瞬に強烈な光を放って消えてしまう言葉の数々。読者はそういう稲光に触れる体験をされることと思う。
そうした体験を脳裏に思いつつ坐禅を組むだけでも仏教という大河の一筋の流れになるのです。