今回の3.11震災は、直接被災しなくても
2万人以上の犠牲者を出した津波の映像をリアルタイムで見て、目には見えない放射線被爆の報道がもう7ヶ月以上続いているという面では、これもまた人類未体験の被災の拡大と言えるのかもしれない。
最近、町の本屋をのぞくと宗教関係の特集をした書籍が増えていることに気づく。
親鸞の特集や五木寛之さんの他力思想のエッセイ集など、末法思想や大きな自然災害の後に力を持った宗教で、彼らの思想に惹かれるのは、自然なのかもしれない。
そんな中この(宮本常一)の特集本がそれらと並んで積み重ねられていた。「旅する巨人」に祈りに似た気持ちで多くの人が何かを求めている。震災後の中央政府の混乱ぶりや仮設住宅でとうとう冬を越すことになる現状などを見るほどに、「忘れられた日本人」の世界にある互助の思想や、農村共同体のような誇り高き地方自治で、失われた日本を今こそ復興すべし、と感じた。
しかし、この本を読むとそれがいかに安直な発想であるか思い知らされた。柳田国男や折口信夫と違い、戦後間もない頃から同時代に向けた発言をしてきた民俗学者であった宮本は、グリーンツーリズムの実践や、離島に資本が蓄積される方法について必死になって考えた最初の民俗学者であり、同時に多くの挫折を体験した周防大島の農民でもあった。社会構造の変化はあまりに早かった。特効薬は巨人をしても見つけられていない。希望は、宮本常一が常に若者に対して分け隔てなく接し、情熱的に励まし、接していた人々(宮本常一のまいた種)、その余熱がまだこの国のあちらこちらに残っている事かもしれない。簡単ではない、でも、宮本常一を博物館に入れてはならないと、強く思う。