本書のタイトルは『現代帝国論』だが、帝国主義とかの話はほとんど出てこない。
むしろ内容はサブタイトルの「人類史の中のグローバリゼーション」の方が的確に表している。
まずネグリ=ハートを援用しつつ、「帝国」を「何らかの普遍的なものによって世界を説明しつくすもの」とする。
その上で、自然・人間・聖性という根幹にかかわる概念の定義が流動してしまう事態を、『大転換』を援用しつつ「ポランニー的不安」と名付ける。
以下ではこのポランニー的不安への対処がメインとなる。
ポランニー的不安には、なんらかの普遍主義の擁立というネオコン的なものと、いっさいの普遍性を認めない方向とがあるが、筆者はその双方を退ける。
代わりに筆者が採用するのが、普遍主義は批判するが、それは何らかの相対主義的発想や個別的発想に基づいてではなく、より高次の普遍性に基づいて批判するというメタ普遍主義である。
メタ普遍主義のもとでは、普遍性の存在そのものは想定するが、それは簡単に現前するものではないので、提唱される普遍性を単純に信奉すべきではなく、普遍性はつねに張り替えられていく。
そしてこの発想のもとでは、人類はつねにポランニー的不安と向き合ってきたことになる。
ここら辺の発想は、なんとなくポパーの批判的合理主義や、デリダの法の脱構築あたりの議論と近いような気もする(デリダとはだいぶ違うかも)。
最後の結論は大きく迂回していかにも凡庸なものではあるが、その結論よりもむしろそこにいたるまでの長い思考の道のりの方が味わいは多いだろう。
確かに本筋から外れているのでは、とか、通説とは違う筆者の相当な解釈だな、と思うような援用もあるが、それを含めても本書では多くの思想家が扱われ、それぞれ鋭い指摘がなされているから、十分読むに値するだろう。