俳句に素人としての私は、現代俳句を味わうに際し、その入口として、当該書を30歳代の頃から読み親しんだ。俳句も、よい解説があれば、更に深く理解でき、心ゆくまで楽しめると思い続けてきた。
筆者は、あとがきで、「私は俳句を五七五・十七音の短詩であり、それ以上ともそれ以下とも思っていないのである。すなわち十七音が必然的に約束しているものを、過大評価しようとも過小評価しようとも思っていないのである。だが俳句という世界に類例のない短小な詩型の固有の目的と方法については、人一倍好奇心を抱き、少しばかり考えるところもあったのである。その結果私は、俳句の二大約束とされている季題と切れ字について自分なりに納得するところもあった。そして今日の俳人たちが季題の約束には飽くまで執しながら、切れ字の約束はほとんど意識していないのとは逆に、両者の比較を突きつめて行けばむしろ切れ字の制約こそ季語の制約より重いものと気づいたのである。そして俳句の性格を突きつめて行けば結局滑稽ということに突き当たることを知った。これは私が発見したのではない、古人が直覚的に認識しているところを、私が迂路をたどって再認識したというにすぎないのだ。」と述べ、切れ字に注目されている。
また、「私は今の俳壇の新しい動きに、ほとんど興味を失っている。短歌の歴史にしても、俳句の歴史にしても、長い期間にわたって作りつづけられてきたが、そのあらゆる時代にすぐれた作品が詠みつづけられてきたわけではないし、私の興味と関心もずっと続いているわけではない。だから私が、子規・虚子以来、草田男・波郷・楸邨あたりまでの俳句的達成に興味を抱き、その前後の時代にさほどでないとしても、それはそれで仕方ないことだ。むしろ、短歌にしろ俳句にしろ、その歴史にはそのような起伏を描き出しながら進行するものなのだ。」と、手厳しい。
当該書より、私に印象深い俳句と著者の解説をいくつか抜粋してみよう。
いくたびも雪の深さを尋ねけり (子規、病中の境涯のにじみ出ている句)
膓に春滴るや粥の味 (漱石、病気の回復を裏面に籠めている)
道のべに阿波の遍路の墓あはれ (虚子、一句に重量感を与えるのは、季感でなく、季語そのもの)
今朝秋や見入る鏡に親の顔 (鬼城、しみじみとした感慨がある)
なきがらや秋風かよふ鼻の穴 (蛇笏、下僕の老母の死への無残な悲しみを強調)
秋風や模様のちがふ皿二つ (石鼎、秋風索寞の情感が沁み透った一世一代の秀吟)
春尽きて山みな甲斐に走りけり (普羅、山はみな夏に向かおうとする生き生きとした姿)
咳ひとつ赤子のしたる夜寒かな (龍之介、赤子の咳一つにすぎないが、親にとっては大事件に違いない)
己が影を踏みもどる児よ夕蜻蛉 (木歩、彼は貧しい者、弱い者、不具なる者への愛情の心をあふれるばかり持っていた)
かそけくも咽喉鳴る妹よ鳳仙花 (木歩、死に近い妹の咽喉の微かな喘音を、看護しながら聴き取っている)
夏の河赤き鉄鎖のはし浸る (誓子、この見捨てられた不気味な風景をとらえた作者の詩情は鋭い)
また一人遠くの蘆を刈りはじむ (素十、遠望の一人の動作を描き出すことで、大きな水郷風景を彷彿たらしめる)
朴散華即ちしれぬ行方かな (茅舎、彼は朴の花に己れが離魂の姿を見ることもあったのだ)
羅をゆるやかに着て崩れざる (たかし、柔軟な表現の中に色っぽいものが匂い出ている)
白き手の病者ばかりの落葉焚 (波郷、目に沁みるのは焚き火の炎ではない、弱々しい病者の指の長いほっそりした白い手だ)
秋の風跫音うしろより来たる (楸邨、主題はもっと主観的、というより心理的なもの)