この本は、”目からウロコ”でした。グレゴール・メーレ先生に心から感謝します。
この本に出会わなかったら、私のような凡人は、きっとラマナマハルシ師の説く
「私は誰か?」と尋ねる”真我の探求”の意味が分からなかったことでしょう。
さて、日本語に訳されている主要なヨーガスートラでは、中村元先生(春秋社、ヨーガ
とサーンキヤの思想)、佐保田鶴治先生(平河出版社、解説ヨーガ・スートラ)の著書が
定評ある学者らしい訳と解説です。スワミ・サッチダーナンダ師の講話形式のスートラ
(めるくまーる社、インテグラル・ヨーガ)は、どんどん読んでいける面白さがあり、
修行によって一定の段階まで進んだ地点から書かれていて、とても参考になりましたが、
残念ながらスートラすべてを解説していません。なお、中村元先生、佐保田鶴治先生の
著書も195章句のうち解説をしていないものもあります(本書は全章句に解説あり)。
アリスベイリー氏のスートラ(AABライブラリー、魂の光)は、ページ数も多く本書に
劣らず多岐に渡って展開しており、内容も濃く興味をもって繰り返し読みましたが、
解説の多くはインスピレーションにもとづいて書かれているようで、論旨は唐突の感が
否めません。
195のスートラ(章句)を、1つずつ5冊の訳と解説で比べますと、本書は一貫して
ヨーガの目的である「心のはたらきを止滅すること」を如何にして実現するかについて、
該博な知識と自らの修行体験をもとに懇切丁寧な解説をしており、この点が他の4冊、
特に学者先生の訳・解説とはアプローチが異なります。まさに修行者のためのスートラと
言えます。
書店で各本を手にとって比較できるなら、1.41を比べてみてください。本書の解説の奥深さ
を知ることができるでしょう。ただ、縦横に経典・古典の知識を駆使して展開している解説
はさておき、(学者先生の原典を忠実に訳したと思われるものと比較して)訳については
一部、意訳と思えるところがあり、奥深いものの表現が簡潔過ぎると言われるヨーガ・
スートラを理解し実践に役立てるには、本書単独ではなく他の定評ある書籍と並行して
読み進めることをお勧めします。訳(パタンジャリの意図するところ)の真の意味は、
実践によって自らが一定の境地に立てたとき理解できることでしょう。
ヨーガ・スートラをどのような思いで手にとるかによって、それぞれの本は異なった印象を
与えるでしょうが、本書は、「自らを高めたい、真理を探求したい」という思いを実践しよう
とする人にとって、そのノウハウの一端とバックボーンとなる知識を提供するものであり、
繰り返し読むことに堪える深さと広さを持った本と言えます。