内容(「BOOK」データベースより)
よりよい暮らしを夢見て村を飛び出し、広東省の工業都市に出稼ぎに出た若き女性労働者たち―。「世界の工場」で働く彼女たちのたくましくしたたかな生きざまを等身大の視点で描いた傑作ドキュメント。
出版社からのコメント
《たくましく、したたかな出稼ぎ労働者たち》
本書は、「ウォールストリート・ジャーナル」の北京特派員だった著者が二〇〇四年から約三年間、空前の好況に沸く広東省中部の新興都市・東莞の巨大工場群で働く十代から二十代の女子工員たちに密着し、彼女たちの日常を克明に描いたノンフィクションである。
中国には、全就業人口の三割を占める、二億二五四二万人もの出稼ぎ労働者がいるという(二〇〇八年末現在)。ただし、出稼ぎとはいえ全員が故郷に帰るわけではない。そのまま都市に残り、定住する者も相当数にのぼる。このうち、本書に登場するのは、意地でも故郷に戻らない「定住組」の出稼ぎ女子工員たちだ。
劣悪な労働環境のなか、彼女たちはよりよい職場を求めて転職を繰り返す。長時間労働の合間に英語学校や自己啓発セミナーに通い、自らに磨きをかけることも忘れない。「たかが工員なんて言わせない」とばかり、少しでも上をめざして自分を叱咤し、どんな目に遭ってもめげず、ときには驚くほど大胆な行動に出る。
一方で、日中戦争、国共内戦、文化大革命で辛酸をなめた著者自身の一族の歴史についても語られる。三世代七十年に及ぶ激動の中国現代史である。国家への忠誠心ゆえに留学先の米国から帰国し、不慮の死を遂げた鉱山技師の祖父の姿と、東莞の出稼ぎ労働者の姿を重ね合わせ、改革開放を境に大きく変わったもの、変わらず残っているものを鮮やかに浮かび上がらせる。
本書は、「ウォールストリート・ジャーナル」の北京特派員だった著者が二〇〇四年から約三年間、空前の好況に沸く広東省中部の新興都市・東莞の巨大工場群で働く十代から二十代の女子工員たちに密着し、彼女たちの日常を克明に描いたノンフィクションである。
中国には、全就業人口の三割を占める、二億二五四二万人もの出稼ぎ労働者がいるという(二〇〇八年末現在)。ただし、出稼ぎとはいえ全員が故郷に帰るわけではない。そのまま都市に残り、定住する者も相当数にのぼる。このうち、本書に登場するのは、意地でも故郷に戻らない「定住組」の出稼ぎ女子工員たちだ。
劣悪な労働環境のなか、彼女たちはよりよい職場を求めて転職を繰り返す。長時間労働の合間に英語学校や自己啓発セミナーに通い、自らに磨きをかけることも忘れない。「たかが工員なんて言わせない」とばかり、少しでも上をめざして自分を叱咤し、どんな目に遭ってもめげず、ときには驚くほど大胆な行動に出る。
一方で、日中戦争、国共内戦、文化大革命で辛酸をなめた著者自身の一族の歴史についても語られる。三世代七十年に及ぶ激動の中国現代史である。国家への忠誠心ゆえに留学先の米国から帰国し、不慮の死を遂げた鉱山技師の祖父の姿と、東莞の出稼ぎ労働者の姿を重ね合わせ、改革開放を境に大きく変わったもの、変わらず残っているものを鮮やかに浮かび上がらせる。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
チャン,レスリー・T.
中国からアメリカへ移住した両親のもと、ニューヨーク市郊外で育つ。ハーバード大学卒業後、チェコ、香港、台湾でジャーナリストとして活躍。その後、『ウォールストリート・ジャーナル』の北京特派員として中国に10年間滞在。現在はフリーのジャーナリスト・作家として執筆活動を続ける。アメリカ・コロラド州在住
栗原 泉
1965年、米国セント・メリー大学卒業(英語・哲学専攻)。エンサイクロペディア・ブリタニカ日本支社編集部勤務を経て、翻訳業に携わる
伊藤 正
1940年、埼玉県生まれ。東京外国語大学中国語科卒業。65年、共同通信社に入り、香港支局長、ワシントン支局員、北京支局長などを経て、編集局次長、論説委員長を歴任。2000年、産経新聞社に移り、同年12月から中国総局長兼論説委員。2度の「天安門事件」を現場で取材した唯一の西側記者として知られる。09年、著書『〓(とう)小平秘録』(産経新聞出版)で日本記者クラブ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
中国からアメリカへ移住した両親のもと、ニューヨーク市郊外で育つ。ハーバード大学卒業後、チェコ、香港、台湾でジャーナリストとして活躍。その後、『ウォールストリート・ジャーナル』の北京特派員として中国に10年間滞在。現在はフリーのジャーナリスト・作家として執筆活動を続ける。アメリカ・コロラド州在住
栗原 泉
1965年、米国セント・メリー大学卒業(英語・哲学専攻)。エンサイクロペディア・ブリタニカ日本支社編集部勤務を経て、翻訳業に携わる
伊藤 正
1940年、埼玉県生まれ。東京外国語大学中国語科卒業。65年、共同通信社に入り、香港支局長、ワシントン支局員、北京支局長などを経て、編集局次長、論説委員長を歴任。2000年、産経新聞社に移り、同年12月から中国総局長兼論説委員。2度の「天安門事件」を現場で取材した唯一の西側記者として知られる。09年、著書『〓(とう)小平秘録』(産経新聞出版)で日本記者クラブ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)