加藤周一が「戦後最大の知の巨人」と言われる理由は、その博覧強記や反権力の姿勢だけにあるのではないことを十全に教えてくれる一冊である。
知性は決して停滞しない。加藤周一が1950年代半ばの時点で、ゴットフリート・ベンやシモーヌ・ヴェイユに注目した先見性は比類がない。その後ドイツでは、単にナチス時代を忌避するだけではなく、なぜ国民から指示されたのかを冷静に見つめ、いちはやく亡命して外からナチを攻撃したトーマス・マンよりは、内側にとどまってナチを支持し、あるいは従った知識人たち(ハイデガーはその象徴)に目が向けられている。ベンの思想的遍歴はまさにその観点から重要性を増している。また、言うまでもなくシモーヌ・ヴェイユの思想史上の重要性は、今日ますます常識となりつつある。加藤が扱っている他の人物、グレアム・グリーンも、カール・バルトも、ジャン・ポール・サルトルも、21世紀の現在、新たに見直されている群像といってよい。
「現代」について批評する文献の多くは、そこでいう「現代」が過ぎれば古文書と化する。しかし、この本の対象は、今なお「現代」を構成していることに驚嘆を覚える。