北村薫の「街の灯」の続編となるミステリー短編集です。舞台は昭和8年の東京。経済界の一翼を担う良家に生まれた少女・花村英子とその家のおかかえ運転手・ベッキーさんこと別宮。この二人が謎に挑む3編が納められています。
前作「街の灯」に比して本書は謎解きの興趣の程度が一段とあがっています。しかしそのこともさることながら、北村薫のメッセージ性が全面に出た作品集となっていて、そのことを私は大きな驚きとともに受け止めました。
昭和初期、日本社会を巨大で暗鬱な時代精神が包み込み、ひとつの方向へ押し流そうとしている。多くの日本人はその先にあるものを見据えることもなく、無邪気に熱狂している。そんな社会にあって、主人公である女性二人は凛とした態度で時代と対峙しようとするのです。
北村薫が主人公たちを使ってこの物語群の中で時代に打ち込む楔(くさび)は、時として飾り気もなく剥き出しともいえるほど直截的です。その言葉の一槌一槌に私は幾度もたじろいでしまったほどです。
「公は常に、私の愛に嫉妬するものだ。そういう時の、公の牙は実に醜く鋭く、容赦ない」(131頁)。
振り返ってみると、私は「
街の灯 (本格ミステリ・マスターズ)」の書評で「『私と円紫師匠』のシリーズのほうがまさっている」と記したことがあります。しかしそのことを実はこの「玻璃の天」読了後に少し悔いています。
前作以来、北村薫はこのベッキーさんシリーズでひとつの覚悟をもって筆をとり続ける決意を固めていたのではないかと私は思います。それはもちろん昭和初期という時代をみつめるという懐古趣味ではなく、今私たちが生きている時代を警告を込めて描くという明確な目的をもっての企てであるはず、そう私は今想像しています。
私はこの北村薫の決意を高く評価し、そして私自身も覚悟を決めて彼のこのシリーズを読み続けていこうと考えています。