著者の処女作とされているのが大学を卒業してすぐ出版された『王陽明研究』(1922年)である。また、それから1971年に宇野哲人と著者の監修の下、『陽明学体系』が刊行されている。
その著者が、王陽明の平明な活学の書として出した本が著書である。
同じく著者がPHP文庫から出している本に『人生と陽明学』があるが、本著はそれより王陽明の人生に焦点を当てて描いた内容であり、すなわち、王陽明の出生から死ぬまでを順に追って書いている。
本著を読むと王陽明が激動の人生を送ってきたことが分かる。とんでもない人生である。
何か学問で名を成した人だから弟子に囲まれ役人として学問のみ追求していたような印象があったが、全くそんな人生ではなく、当然科挙の試験には通り役人にはなっているのだが、その後、言葉が通じないような野獣が住んでいるようなところに飛ばされ、戻ったと思ったら、匪賊の討伐の長に任ぜられ、それをたちまち鎮定させ戻ると、またまた別の匪賊討伐に向かわせられ、それをまた鎮定する、といった具合である。
王陽明はそういう最中にも、学問を教え、また思索修養に励み、確固たる信念・見識・学問の追求に励む。そして貴州に流謫されているとき、『初めて真理というものは我が外に在るものではなく、我に内在するものである。それが「良知」だと悟った。』そして、初めて「知行合一」を説いたという。
著者は良く、『実学』『活学』が必要と説くが、これは将に王陽明の生き方なのであろう。