上巻がマリー・アントワネットの結婚から「首飾り事件」までを扱っているのに対し、こちらの巻では革命勃発からアントワネット処刑までを扱っている。
これまでキャラクターがあまり立っていなかったアントワネット王妃が、困難に直面してから却って王妃らしくなり、母親らしくなってゆく様は皮肉に思われた。王妃としてフツウの生涯を全うしていたら、かくも輝くことはできなかったのではあるまいか。下巻でアントワネットがつぶやく言葉には革命以前にはなかった重みが感じられた。
あくまでも自分の拠り所を自身の振る舞いの優雅さに求めることが、彼女の内心の強さともなり、一方でヴァレンヌ逃亡の失敗にもつながったのではないだろうか。ちなみにこの作品内では有名な「パンがないならお菓子を〜」という台詞は吐かなかった。当然と言えば当然か。
なお作者の創作人物についてだが、元修道女アニエスが革命と信仰の不調和に苦しみ、最終的に断頭台に送られる様は読み応えがあった。通俗的でやや軽い筋書きの中で元来の遠藤周作らしさを示していたように思う。
そして副主人公だった筈のマルグリットは、最終的には革命という祭りの流血を楽しむだけのビッチと化してしまったようだ。曲がりなりにも人間的な進歩を見せたアントワネットとは対照的である。30歳を過ぎても小娘気分が抜けないようだった。処刑されずに済んだ彼女は、王制崩壊後から長く続く不安定な時代をどう生きてゆくのだろう。
ところで上巻でサド侯爵を救い出すのに貢献した悪党たちは、この巻では紆余曲折あってスウェーデンの貴族:フェルセンとつるみ、議会に捕らわれたアントワネット王妃を救い出そうと奮闘する。その描写が極めて説明的で図式的であったのがやや残念であった。
総じて、つまらない作品ではないが、フランス革命系の物語を純粋に楽しみたい読者は漫画「ベルサイユのばら」を読んだほうが手っ取り早いのではないかと思う。そして文学を読みたい読者にはちと物足りないであろう。