本居宣長の人と思想を知るには一番手ごろの書物、といわれる随筆集の上巻。この上巻は、全五編十四巻(第十五巻は目録)の内、著者が存命中に刊行された第三篇第九巻までを収録している。
字面としては簡素な校訂を施したぐらいの文が続き、著者独特の文章が存分に味わえる。各巻は草花の名が巻頭に付され、一首和歌を載せた後で本文が続く流れで統一している。
内容は、宣長自身が他の書物を読んで気にかかった箇所を抜書きして読み解く記述が主で、他にも地名の所縁や語の使い方についての考え、神の学びについての要点や儒仏の教えへの反駁、師匠や学者への論評など、さまざまな内容が頁をめくるごとに進んでいく。項目ごとにまとめられている構成ではないが、下巻には上記のような項目ごとの索引を収録しているので、一通り読んだ後には事典のように使うことも出来ると思う。
読み進めていくと気づいたのは、思いのほか引用箇所に漢文仕立ての文が多く、万葉仮名仕立ても少なくないことだ。いま古典を読むときには読みやすいように校訂者が文をならしてくれていることがほとんどだが、著者の時代にはそんなこともなかっただろう。それを思うと、中古の文を使いこなして上代の文に進み、古事記まで読み解いた著者のすごさが少しだけでも想像出来てくる。一方で、鎌倉時代以後で本居宣長の文だけは中古の文と遜色がないということがある文法書に載っていたが、その意味では内容と共に文としても中古の文を読む練習になりえる書だと思う。
もちろんその内容は、有職故実としても文法規則としても国学の筋としても歌論としても参考になるし勉強になる記述が多い。うひ山ふみや直毘霊、紫文要領といった書物と共通する意見もあり、かといって一読して内容が全て把握できるわかりやすさだけではないが、読んでいて気持ちのいい文なので辿っていて飽きない。学者と思想家と文芸批評家、それぞれの著者の面にそれぞれ触れることが出来る。
取り組むのに楽ではないが面白い著書。下巻にも期待。